ドラマ『ドクターX ~外科医・大門未知子~』 (テレビ朝日系)の医療監修や、各種メディア出演、講演などで幅広く活躍している現役医師で医療ジャーナリストの森田豊氏。彼の母親は23年前にアルツハイマー型認知症を発症し、現在は施設で暮らしているという。

 ここでは、森田氏の母親がどのように認知症を発症し、家族がどう向き合ってきたのかを綴った『医者の僕が認知症の母と過ごす23年間のこと』(自由国民社)より一部を抜粋。母親の認知症を突き付けられた“オレオレ詐欺事件”の顛末を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)

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認知症を突きつけた振り込め詐欺事件

 忘れもしない。2006年11月のことだ。

 母が、振り込め詐欺に遭った。

 勤務先の病院で、妻の千賀子から電話で知らされた。

 当時僕は、都内総合病院の部長職を勤めていた。知らせを受けたのはちょうど手術を終えた直後だったが、あとのことは他の医師に託し、取る物も取りあえず、僕は自宅へとタクシーを走らせた。

(振り込め詐欺だなんて、母さん、一体どうしちゃったんだよ)

 突然の知らせに、僕は激しく動揺していた。と同時に、「とうとうこの日が来てしまったか」と、どん底につき落とされたような気持ちも味わっていた。

(やっぱり、母さんは認知症なのか……)

 予兆がなかったわけじゃない。振り返れば思い当たるフシはいくらもあった。

 だけど、あの母さんが、しっかり者の母さんが、認知症なんかであるはずがない。

 年を取れば誰だって物忘れするし、判断も行動も怪しくなる。

 振り込め詐欺なんて、きっと何かの間違いだ。間違いであってほしい……。

 心の拠り所だった母の一大事に、僕は完全に冷静さを失っていた。

 今思えば、医師としてあるまじき態度と言わざるを得ない。だが、その時の僕は厳然と突きつけられた事実を、まだ受け止めきれずにいた。

「今から言う口座に、200万円振り込んでほしいんだ」

「豊、お帰り~」

 僕の心配をよそに、母は帰宅した僕を満面の笑顔で迎えた。いつも以上にごきげんで、無邪気にさえ見えた。しかし、そんな母とは裏腹に、そばにいた父と姉は困惑し、いら立っていた。

 一体何が起きたのか、僕が尋ねるより先に、父が口火を切った。

「豊、落ち着いて聞けよ。母さんが振り込め詐欺にやられた。大金を盗られた」

「大金って、いくら?」

「……200万」

「に、200万!?」

 仰天する僕に、姉が事件の一部始終を語った。

 電話がかかってきたのは、その日の昼過ぎだった。「もしもし」と電話に出た母の耳元に、親しげな男の声が流れてくる。

 犯人「母さん? オレオレ」

 母「ああ、豊。どうしたの?」

 犯人「あのさ、母さん、誰にも言わないでくれる?」

 母「大丈夫だよ、誰にも言わない。千賀子さんにも言わないから」

 犯人「オレ、今、女性問題で大変なんだ。お金が必要なんだよ」

 母「どうすればいいの?」

 犯人「今から言う口座に、200万円振り込んでほしいんだ」

 母は急いで銀行に行き、男の指示に従ってお金を振り込んでしまう。しかし、自分がだまされているとはまったく気づかない。帰宅するとすぐ、再び男から電話がかかってくる。