文春オンライン

2022/11/15

 実はその頃、私たちは試合がない日の星野さんのスケジュールを当時、星野監督付広報だった早川(実)さんに逐一、確認していました。その日のことも当然、チェック済み。決していらっしゃらないはずだったのですが……。

 すっかり気が緩んでいた私たちは、いつもは試合に近いユニホーム姿で練習するのですが、この日はジャージでした。「今日は監督が来ないから良かったな」などと話しながら、ダラダラとウォーミングアップをしていました。

 すると、遠い向こうの細い通路に影が通ったのが見えたのです。見慣れた影が。星野さんでした。

星野仙一氏 ©文藝春秋

 大きな足音を立てながら、みるみる近づいて来ます。悲しいかな、習慣的かつ反射的に「また怒られる」と思ってしまう習性がすっかり身に付いていました。

咄嗟についたウソ

 星野さんは無言で、近くにあった私のバットの方へと向かい、運動の延長のように軽くそれを振り始めたのです。私と立浪が「お疲れ様です!」と声をそろえてあいさつすると、星野さんは「誰のバットや?」。私は「僕が(チームの先輩である)彦野(利勝)さんに借りているバットです」と正直に答えました。

「本当にこれを使うのか?」

 星野さんがそうおっしゃって差し出してきたバットは先が半分なく、靴べらのように加工されていました。

 一体誰が? なぜ?

 私はパニックに陥りました。追い打ちを掛けるように、星野さんは「オマエはどのバットを使うんだ?」と静かに、それでいて強い語気で尋ねてこられました。それまでは何一つウソをついていなかったのですが、あまりのプレッシャーに気圧された私は、ここで咄嗟にありもしないのに「バットは寮の部屋に置いてあります」と虚偽の申告をしてしまったのです。星野さんという人は、ウソが一番嫌いであることを知っていながらも。

星野仙一氏 ©文藝春秋

 私はあるはずのない自分のバットを探しに部屋に戻りました。途中で誰のものだったか、白木のバットを見つけ、慌てて自分の背番号「39」をグリップエンドにマジックで書き込みました。

 私は普段、黒色のバットを使っていました。星野さんが見抜かないはずがありませんでした。

「キサマ、自分のバットは持っていないのか?」

「はい」と観念してウソだったことを認めると「そういう気持ちでやっているから駄目なんだ!!!」

関連記事