悪人という存在は身近にいたらたまったものではないけれど、フィクションの世界ではさまざまなタイプの悪人が並みのヒーロー以上に魅力を放つこともある。月村了衛の第十七回大藪春彦賞受賞作『コルトM1851残月』も、そんな個性的な悪人が主役の小説だ。

 時は幕末、嘉永六年の江戸。「残月」の二つ名を持つ郎次は、表の顔は廻船問屋の番頭だが、裏では札差の祝屋儀平の腹心として抜け荷の差配をし、時には商いの邪魔者を闇に葬っている。決して他人に知られてはならない彼の武器は、最新式のコルト六連発銃だ。儀平の跡目を継ぐべき実力者と目され、順風満帆だった筈の郎次の運命が、ある時、思いがけないきっかけで狂いはじめる……。

 江戸の裏社会を舞台に繰り広げられるこの物語には、善人はひとりも登場しない。巨悪は法の抜け穴を利用して大金を思うがままに動かし、小悪は少しでもおこぼれに与ろうと強者になびく。主人公である郎次もその腐りきった構造を支えてきた悪党のひとりなのだが、磐石と思われていた立場を失い、自分がいい気になっていた甘ちゃんだったことを思い知らされてからがこの男の本領と言える。

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 悲惨な過去を背負い、心の中に虚無を抱えて生きてきた郎次は、周囲からよってたかって突き落とされ、生き残りの策もすべて裏目に出た果てに、その虚無を怒りに変えて爆発させる。コルトという武器だけが相棒だった彼の前に現れた新たな相棒とともに、大勢の敵を薙ぎ倒してゆくクライマックスは、時代小説では滅多にお目にかかれないコルトによる殺陣という斬新な趣向が、独自の悽愴さを醸成していて印象的だ。(百)

コルトM1851残月 (文春文庫)

月村 了衛(著)

文藝春秋
2016年4月8日 発売

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