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「地域そろって怠慢だ!」冬は胸までの積雪をかき分けて“適温のお風呂”を作る女将が忘れられない、“ある客の言葉”

遠藤央子さんインタビュー #1

2022/11/26
note

冬は胸まである積雪をかき分けて……

――泥をかぶるとか、裏山に登るとか、ずいぶんハードな肉体労働をイメージしてしまいますが、具体的にはどんな作業をされるんですか?

遠藤 白布温泉は約1キロ離れた裏の山手から源泉を引いています。源泉温度は57度、季節によっては59度ぐらいで、人の手が一切加わっていない自然湧出する温泉と、自然の地形に沿って上から流れてくる沢の水を混ぜ合わせ、季節の気候変動にあわせて適温にするのが私の役割です。

――確かに、源泉の温度は積雪や降雨量によっても変わるとは、よく聞きます。それをどのように調整しているんですか?

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遠藤 源泉が流れてくる配管と沢の水が流れてくる配管が合流する専用の桝(ます)が宿の裏手にあるのですが、桝の中で太さが違う何本もの配管の位置を変えて、微調整しながら人が入浴するのにベストな温度にしていくという作業が基本です。また湯船に落ちる湯の落下位置も大切で、ほんの数センチずらすだけで、温泉の温度が変わることもある。あとは季節それぞれに起こる自然現象によって、気温が変わったり、沢の水温が変わったり、昼夜で気温差もありますし……。

 とにかく毎日、状況が変化しますので、全神経を傾けて、お客様がいつ入っても湯の体感温度を40度~41度ぐらいに保ち、うちの温泉の良さを堪能していただけるようにバランスを取るのが私の仕事です。

©飯田裕子

――湯守は自然の“呼吸”が読めないとできない仕事ですね、すごい。

遠藤 1年で一番大変な時期は冬です。沢の水を引く場所まで通常なら軽トラでさっと入っていけるんですが、豪雪地帯なものですから、冬は胸ぐらいまである積雪をかき分け30分以上かかって、ようやくたどり着きます。

「無策など地域そろって怠慢だ!」

――それは……想像を絶する過酷さですね。

遠藤 あれはお正月の猛吹雪の日でした。沢の水が凍結して、白布温泉の全ての旅館のお風呂が源泉そのままの熱湯になってしまったことがありました。

 事情を説明すると「自然現象だから仕方ないよね」とほとんどのお客様が理解してくださいましたが、中には「納得いかない」とお怒りの方も。「この土地に長く住んでいれば、冬になると大雪が降ったり水が凍結したりすることくらい誰よりも分かっているはずなのに、無策など地域そろって怠慢だ!」と面と向かって言われた時はとてもショックでした。

積雪の様子(西屋提供)

 沢の水を引く樋に落ち葉が詰まることもあります。大雨で濁流になり、土砂が詰まってしまい、今、山に入っていったら自分も流されるかもしれない状況でも、お客様に怒られてしまう、とか。

――自然を相手にする宿であり、お客さん商売のご苦労があるんですね。

遠藤 私たちも本当に申し訳ないと思うんですけれども、そもそも人間の力が及ばない自然の恵みを受けて商売しています。温泉も水も決して人のために存在しているものではない。700年止まらずに湧き続ける温泉にただただ感謝しかないのです。仕方ないとはいえお客様に理解してもらえない現実に直面したときに、やっぱり辛いなと思いますね。自然をコントロールすることと自然に寄りそうことは違うんですよ。それを分かってほしい。