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「地域そろって怠慢だ!」冬は胸までの積雪をかき分けて“適温のお風呂”を作る女将が忘れられない、“ある客の言葉”

遠藤央子さんインタビュー #1

2022/11/26
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 山形県・白布温泉の「西屋」で、女将をしながら「湯守」をしている遠藤央(ひさ)子さん。源泉温度が高いため、初めての人には熱すぎるという「西屋」の湯をちょうど気持ちのいい温度に調節する湯守の仕事は非常に過酷だ。11月26日、「いい風呂」の日にあわせて、長年温泉旅館を取材し、『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)などの著書でも知られる山崎まゆみ氏が話を聞いた。(全2回の1回目/後編に続く)

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「女性に湯守ができるのか」という反応

――温泉や旅館の取材をしてかれこれ25年、全国の多くの女将にお会いしてきましたが、湯守を兼任されている女将は初めてです。湯守は力仕事が多いイメージがありますから、驚きました。

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遠藤央子さん(以下、遠藤) はい、女将をしながら湯守をしています。確かに湯守は、泥はかぶるわ水もかぶるわで、泥臭い仕事ですね(笑)。

遠藤央子さん ©飯田裕子

――「女性に湯守ができるのか」といった反応もありそうですが、温泉関係者や地域の方からは、どのように見られていますか?

遠藤 私が湯守を兼任していることには、最初の頃はよく男性から「本当にやるの?」みたいな感じで突っ込まれました。でも別に、そこにカチンとくるわけでもなくて。

 湯守をする現場は、お客様が入るお風呂のすぐ裏手にあるんですけど、崖の上なので、実はその位置から男風呂も女風呂も中が丸見えなんですよ。だから湯守を男子禁制にしました。男子は来るなって(笑)。

©飯田裕子

「西屋のお風呂は熱すぎる」

――もうずっと湯守をしているのですか?

遠藤 私が湯守になった経緯をお話ししますと、私は父の仕事の関係で海外で生まれて、その後は福島で育ちました。東京でも生活していましたし、温泉や旅館にはまったく縁がありませんでした。白布温泉の存在すら結婚する少し前まで知らなかったほどです。ただもともと日本の古いものが好き、着物も好き、何より温泉がとても好きでした。西屋の古い建物とあの湯量と御影石のお風呂と……温泉に惚れ込んで、ここまでやってきました。

――なるほど、まずはその憧れの温泉宿で女将として仕事を始めたわけですね。

遠藤 はい。お客様からの温泉の評価は、以前はさほど高くはなくて。そのギャップを埋めたい、自分の目で見たものを言葉できちんと伝えていきたいという思いが湯守を始めたきっかけです。実際、私が名乗るまで西屋に湯守はいませんでした。

――お客様の評価とは?

遠藤 ずっと「西屋のお風呂は熱すぎる」と言われていたんです。

――私も西屋さんのお風呂は熱いイメージがありました。かなり前の記憶ですが……熱くて湯船に入れなくて、お湯だけかけて出たこともありました。

©飯田裕子

遠藤 そうなんです。以前は、そうしたお声を聞くたびお客様には謝っていましたが、当時はまだ子育て中心でしたので、本格的に湯守をするには至りませんでした。

 ただ源泉を管理する場所が裏山の斜面にありまして、高齢の義父(会長)がヨボヨボと裏山を登る姿を見て、「ああ、もう私がやろう」と。そう決めたのが2014年の春先です。