長湯でのぼせた人を大勢介抱した
――央子女将が湯守として大切にしている自然との共存、温泉への感謝が伝わらないもどかしさでしょうか。
お客様には西屋のような古い建物を好んで来て下さる方もいますが、日ごろ、快適な家に住んでらっしゃいますので、冬は「寒い」、夏は「暑い」と不満を言われたりもします。私たちは古いことを良しとして、あえてこの建物をそのまま残しているんですけれども、そう言われてしまうと複雑な気持ちにはなりますね。
――そうはいっても、大勢のお客さんに喜ばれていますよ。西屋ファンは多いじゃないですか。
遠藤 ありがとうございます。適温にしたことで、長湯しすぎて、のぼせて具合悪くなっちゃう方は、たぶん増えたと思います。たくさん介抱しましたね。ぐったりしちゃった方に、とにかく横になってもらい、うちわで涼しい風を送るとか。
――わかります。私は央子女将が管理された絶妙な温度のお湯に体中がほぐれて、あまりに心地よくて寝てしまいそうで、気づけば2時間近く入っていました。
遠藤 それは入りすぎですね(笑)。
遺影を持って泊まりにきた理由
――他に印象的なお客さんのエピソードはありますか?
遠藤 何十年も前に泊まり、久しぶりに来たという男性がいらして。当時白布のどの宿に泊まったか忘れたと言いながら、うちのお風呂に入ると「ここだ、思い出したよ」と喜ばれていたんです。翌年、そのご家族が男性の遺影を持って泊まりにいらして「あのときは、『本当に良かった』って言っていたから、写真と一緒に来ました」と。うちの玄関前で撮った男性の写真も私に見せてくれました。
うちのお風呂に入ったことで、幸せを感じてくださって、家族の方も男性のお客様の気持ちを大切にしてくださって。私もその方を覚えていますし、お客様も覚えていてくださる。多くのお客様とは一期一会なんですけれども、こうしてまた来てくださる方って、すごくありがたいです。単なる旅館とお客様という関係を超えるわけです。一緒に今を生きているというと大げさかもしれないけれど、温泉が繋いでくれた縁は旅館業をしていなかったら味わえない経験です。
(後編に続く)
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