『タワー』(ペ・ミョンフン 著/斎藤真理子 訳)河出書房新社

 そうそう、これだよ、わたしがSFで読みたかったものは! と膝を16ビートで連打してしまった。

 舞台は、50万人が住む674階建ての超巨大タワー国家ビーンスターク。

 基本的に人は平地に住む生き物。だからこそ高さに憧れ、権力者はお城を建て、教会の鐘は鐘楼で鳴り響く。本来、手に入れられなかったはずの〈高さ〉という概念は人をバグらせるのかもしれない。ましてやそれが674階ともなったら。

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 タワー内の権力構造とその流れを調べていたら、ある一室に集中して流れ込んでいく。その部屋に住んでいたのは映画俳優P。だけどPは人間ではなく、「こくみん」と吠える犬だった。1本目の「東方の三博士――犬入りバージョン」でまず混乱しつつもエスカレーションしていく物語に一気に引き込まれる。

 続く「自然礼賛」。作家Kがスペイン南部の家を手に入れる。その時から政府批判をする代わりに、自然礼賛に作風を変えたKだったが、実は彼は低所恐怖症だった。一歩もタワーから出ないまま、外の自然を賛美し、遠隔ロボットでその家を訪れ、月に2回家を掃除しに訪れる美人に密かに焦がれる生活。韓国の政治状況や現実を反映させつつも、最後の段落は美しい。

「タクラマカン配達事故」では、タワーの外と中の相剋が明かされる。恋人をタワーに奪われた男は、傭兵となって功績を積み、タワーの市民権を得ようとする。だが作戦中にタクラマカン砂漠に放置され、死を待つこととなった。彼を救ったのは、タワー独自の郵便システム青いポストから広がる「善意の集合」。2009年の作品だが、インターネットのバズりの力を描いていて今にも通じる魅力がある。

 水平主義と垂直主義の争いに翻弄される男女を描いた「エレベーター機動演習」は、まるでタワー版ロミジュリだ。

「広場の阿弥陀仏」では往復書簡形式で、象の解脱と運命を描く。デモ隊鎮圧のために導入された象の世話係に任命された男は、象が穏やかで優しいことを知り、なんとか幸せに生きられるよう力を尽くすが……なんとも奇妙で、でも温かい話。ユーモアとほろ苦さは、タワー作品群の中でもとくに顕著。

「シャリーアにかなうもの」で描かれるのは、塔の脆弱性。外から、そして内からの攻撃。物理的なミサイルと、遥か以前に仕込まれた爆弾、そして経済戦争。

「エレベーター機動演習」の女性が書いた『520階研究』読んでみたいな、と思ったら付録で序文がついていた。作家Kの作品と、映画俳優Pのインタビューまで! 最後のページまでとことん楽しい。

 11年を経て復刊された本書。その背景にあるのは昨今の韓国SFの隆盛のみならず、この短編集のもつ普遍性と魅力だろう。「韓国SFの代名詞」と呼ばれる作家の快作。世界を違う視点で見てみたい方に。

Bae Myung-hoon/1978年、釜山生まれ。2005年に「スマートD」で科学技術創作文芸コンクールに当選し作家デビュー。12年、「サイエンスタイムズ」で「韓国SF作家ベスト10」に選出された。他の邦訳作に「チャカタパの熱望で」(『最後のライオニ』所収)。
 

いけざわはるな/1975年生まれ。声優・歌手・エッセイスト。著書に『SFのSは、ステキのS』、訳書に『子供の詩の庭』『火守』等。