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「珍しい運命を辿ってはいるけれど、決して突飛ではない」エリート養成機関の教官が幼少期に経験した“身体的・精神的苦難”

著者は語る 『烏の緑羽』(阿部智里 著)

『烏の緑羽』(阿部智里 著)文藝春秋

「ずっと書きたかったエピソードでした」

 累計180万部と大ヒット中の異世界ファンタジー「八咫烏(やたがらす)シリーズ」。今回、待望の新刊『烏の緑羽(みどりば)』が刊行された。本作は第2部の3作目にあたり、物語はいよいよ佳境に。シリーズの全貌も明らかになってきている。著者の阿部智里さんは、人と烏、二つの姿をとることができる八咫烏たち、そして彼らが住む世界・山内(やまうち)の運命をデビュー作から書き続けてきた。

「そろそろ第2部全体の構成を決めなくてはならない時期で、いま『緑羽』を書かないと後出しになるな、と感じたんです。それぞれの登場人物が、この先で取る行動や選択の根拠を示さなくてはならない。それを群像劇的にできる構成が浮かんだとき、連作短篇でも中篇でもなく、長篇として書こうと思いました」

 阿部さんの言葉通り、この『烏の緑羽』は、これまでシリーズで活躍してきたキャラクターの内面を掘り下げる内容になっている。この上なく高い身分に生まれた皇子・長束(なつか)と、彼の狂暴な従者である路近(ろこん)。彼らの特殊な主従関係を切り口に、エリート武人養成機関である勁草院(けいそういん)の教官、清賢(せいけん)と翠寛(すいかん)の過去も描かれる。

「路近はシリーズ初期からたくさん出ている割に、何を考えているかよく分からないキャラクターだったと思います。このままラストに向かうのは勿体なかったので、ここで彼の背景や思想を明らかにしておこうと思いました。路近と清賢、翠寛の関係は、3作目『黄金(きん)の烏』のあたりから考えていたことです」

 さらに本作で明らかになったのは、当代一の知略家として名声をほしいままにしていた翠寛が、「羽緑(はみどり)」と呼ばれた幼少時代に経験していた身体的、精神的苦難の数々。この世界の残酷さを浮き彫りにしている。

「翠寛は確かに苦労人ですが、似たような経験をして、差別に苦しんでいる八咫烏って山内には山ほどいるんです。そのなかでたまたま、うまいこと這い上がっていった一人が翠寛だった。珍しい運命を辿ってはいるけれど、起こっていることは、決して突飛ではない。そんな状況にあった翠寛を、私は書こうと思いました」

 登場人物たちの過去や内面を描く作品だからこそ、本作を読んだあと遡(さかのぼ)って既刊を読むことで、内容がより説得力と深みをもって胸に迫る。今まで伏線とも思っていなかった描写が、巻が進むにつれて存在感を増していくのは八咫烏シリーズの醍醐味だ。

「そう思ってもらえると嬉しいです。私の理想として、新しい巻が出ることによって既刊の見方が変わる作品を書きたいというのがあって、これまでも、いろいろ仕込んできてはいたんです。ただ、新刊が出せないと、この仕込みは世に出ない(笑)。読者の皆様の応援でここまで書けたことに、感謝するしかないですね」

 そして物語は、ある重要な登場人物を動力源として未来へと向かう。

「これまで第2部でなぜ過去を書いてきたかというと、これから始まる未来への勢いをつけるため。今のところ、私のなかではある程度うまくパーツが嵌ってきているなとは思うんですけれども、ここから先が本番です。そろそろ終わりに向かっていかなくてはならないと分かっているので、気合を入れ直して書いていかないとな、と思います」

 格差社会や、能力主義に潜む罠……作中には現代的な命題も見え隠れする。架空の世界・山内を通して、現代社会に相対するこのシリーズ、その最高潮をリアルタイムで目撃したいなら、いま読み始めるしかない!

あべちさと/1991年群馬県生まれ。2012年、『烏に単は似合わない』で松本清張賞を史上最年少受賞。その後「八咫烏シリーズ」新作を毎年1作ずつ刊行、6作目『弥栄の烏』で第1部完結を迎える。第2部に『楽園の烏』『追憶の烏』がある。他の著書に『発現』。

烏の緑羽

烏の緑羽

阿部 智里

文藝春秋

2022年10月7日 発売

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