文春オンライン

2022/11/25

 権田は厳しい試練を乗り越えてきた。2015年にはオーバートレーニング症候群を患い、当時所属していたFC東京の練習にしばらく参加できなかった経験を持つ。この時は精神的にも肉体的にも立ち直り、練習に復帰するまで3か月の時間を要した。その後、FCホルンに移籍するなどして自分のプレーを取り戻すまで、かなりの苦労をしている。

厳しい試練を乗り越え、カタールW杯のピッチに立った ©JMPA

ドイツ戦では前半31分にPKを与えてしまうが…

 そして33歳の今、それらの経験が活き、日本の守護神になった。権田自身はブラジルW杯以来のメンバー選出となり、8年越しでようやく正GKとなったわけだが、満足はしていない。

「本当は、8年越しはダメだと思います。若い時に代表に呼んでもらったので、その次のロシアW杯大会には行かなきゃいけないじゃないですか。でも、行けなかったのは、自分のせいでもあるし、そういう部分が『日本のゴールキーパーのレベルが』って言われる1つの要因だと思う。今回、試合に出れたことは、喜ばないといけないのかもしれないですけど、普段からどの試合も100%でやっていたおかげか、あんまりバタバタしなかった。それに開幕戦を戦ったカタール代表のゴールキーパーがあれだけいいプレーしているのを見ると、自分もできるんだっていう自信をもらった。大会に入っていろんなシーンを見ることができたのは、すごく良かったですね」

 その言葉通り、権田は相手に主導権を握られ、押し込まれてもアタフタせず、冷静にプレーしていた。だが、前半31分、ラウムを倒してPKを宣告された。ラウムに切り返された時、相手がダイブしたと思い、レフリーにもそれを伝えたが、PKの判定が覆されることはなかった。

前半31分、ラウムの鋭い切り返しに思わずPKを与えてしまう ©JMPA

「ファウルをとられたこと、PKを決められたことを受け止めて次にいこうと決めました。気持ちの切り替えができたのは、まだ試合が終わっていなかったからですし、僕がそこで乱れて勝てる確率を落としてはいけないと思ったからです。GKをしていれば失点に絡んでしまうんですけど、そこで切り替えられたのは、普段からエスパルスで気持ちをすぐに切り替えるようにやってきたからこそできたんだと思います」

 ドイツのギュンドアンに冷静にPKを決められ、その後も劣勢が続いた。しかし権田のプレーは、先制されてから覚醒したようにボールへの反応が早く、鋭くなった。後半に入って3バックに変更し、流れが変わってくると、権田のプレーと動きがさらに研ぎ澄まされていった。