不動産屋で「あなたは医療従事者ではありませんか?」
マスクがなくなり、直ぐにディスポーザブル手袋やエプロンといった衛生材料も軒並み品薄になり、「物品を拭く時はこれを付けて」とペラペラの家庭用の使い捨て手袋を渡されながら、私はただただ信じられない気持ちでいました。
感染症指定医療機関や3次救急医療機関のようなCOVID-19の積極的な受け入れはしていないとはいえ、他の疾患で運ばれてくる患者さんの中にCOVID-19の感染者が紛れているかもしれないのに、こんなに脆弱な装備で大丈夫なわけがないでしょう。
憤慨しながらも、苛立ちをどこに向けて良いか分からず、自分が感染するかもしれない不安も解消できず、それでも今をやり過ごせば何とかなるだろう、と気持ちを前に向けようと模索し始めた矢先、3月後半になると、「訪問看護ステーションの車から降りた途端に知らない人から『看護師が外にいるな!』と怒鳴られた」「タクシーの乗車を拒否された」といった話を、看護師の知人、友人達から耳にするようになりました。
ちょうど、家の賃貸の契約期限の都合により、引っ越しを考えていた時でした。不動産屋に行くと「あなたは医療従事者ではありませんか?」というアンケート用紙を渡されました。「これ、医療従事者だったらどうするんですか?」と尋ねると、私より少し年上と思しき職員はこちらの事情を察したのか、「一応、お帰りいただくことになっていますが……まあ形式上のものなので」と曖昧に濁しました。
私は今、医療従事者だから差別を受けている。
知人・友人達の話から、私だっていつ直接的な差別を受けてもおかしくないと分かってはいたものの、その瞬間は驚くほどに唐突でした。怒りよりも戸惑いが先に立ち、反論のひとつもできずに黙って不動産屋を後にし、帰りの電車に揺られながらふと、今この場所で看護師だとバレたら、誰かに罵倒され、汚い言葉を浴びせられる可能性もゼロではないのだ、と気付きました。途端に足元から恐怖がせり上がり、胸の奥が詰まって、私は自分が立たされている土俵を認識しました。