混乱する現場、医療従事者への差別、そして自分自身の感染……。新型コロナの最前線を経験した医療従事者が思いを綴った手記『看護師に「生活」は許されますか 東京のコロナ病床からの手記』(ele-king books)から、新型コロナ流行初期を振り返る章の一部を抜粋・編集し、掲載する(前後編の前編/後編を読む)。

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「家にいよう」「Stay home」テレビやSNSにはそんな言葉が並び、顔見知りの医師や看護師も積極的に啓発を行っていました。

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 私自身は、まだ自分が実生活で関わる人の中に感染者が出ていない事情もあり、家がない人、あるいは家に居場所がない人や家に帰ると暴力を受ける人、感染リスクが高いとされる接客業の人といった、どうしたって啓発に乗れないと分かり切っている人々がどんな思いを持つかが気になって仕方なく、かといって、看護師として運用し、1万人以上のフォロワーがいるTwitter のアカウントでだんまりを決め込むのもどうなのかと思いながら、自分の立場や態度を決めかねていました。

院内でマスクの盗難が続出

 同じ頃からCOVID-19は、思わぬ形で医療現場を圧迫していきました。サージカルマスクの供給不足です。「マスクが不足しています」という報道と共に、ドラッグストアからは昨日まで大量に置いてあったマスクが消え、職場の病院では、各病室の入口に箱ごと設置してあったマスクを患者さんのご家族がごっそり持ち去ってしまうケースが相次ぎました。

 盗難防止のためマスクがナースステーションで管理されるようになり、ある日支給が1日1枚に、次の週には3日に1枚になりました。他の病院で働く友人からは「病院の在庫が切れて支給なしになった、ドラッグストアでも売ってないしどうしたら良いか分からない」と悲痛なLINEが来ました。

©iStock.com

 COVID-19がそれまでの日常を具体的に、現実的に変えた、最初の出来事でした。多くの患者さんと関わる医療機関での仕事がCOVID-19の感染リスクとなるのは言うまでもなく、また病院での感染症はCOVID-19だけではありません。患者さんの血液や体液、排泄物に触れることが避けられない看護師の業務を行う上で、身を守るための適切な物品を与えられない状況が来るなどとは、予想もしていませんでした。