気候変動問題、ウクライナ侵攻による食料危機を背景に、食をめぐる世界市場では今なにが起きているのか? 急速に進むフードテックの裏側を描いた新著『ルポ 食が壊れる 私たちは何を食べさせられるのか?』が話題の国際ジャーナリストが語る、“食の文明史的危機”とは?

 

――今後、フードテックの世界市場規模は700兆円を超えるとも言われていますが、アメリカの代替肉大手ビヨンド・ミートがついに日本にも上陸しました。

 近年、「気候変動」と「食料不足」を一気に解決する“夢のテクノロジー”として、人工肉が大きな注目を浴びています。牛のゲップによる環境破壊も減らせるし、大量の飼料と水を消費する畜産よりもコスパがよく、動物性タンパク質じゃないから健康にもいいと。

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 植物性の代替肉自体は以前からあり、アメリカで私も食べたことがありますが、パサパサした食感で肉の味とは程遠かった。ところが、インポッシブル・フーズ社が遺伝子工学を使って開発した肉汁したたる人工肉はかなり肉の食感に近くて驚きました。

――ベジタリアンや環境意識の高い世代にも熱烈に歓迎されていますね。

 一方で、インポッシブル・バーガーは原材料に遺伝子組み換え(GM)大豆が使われていることや、グリホサート系残留物が検出されたこと等をめぐり、アメリカでは市民団体から訴訟も起きている。当局の拙速な「安全認可」が疑問視される中でも、市場のスピードはそれを上回り、すでに去年から全米500ヶ所の学校給食メニューに取り入れられています。

 ビヨンド・ミートのようにGM作物を使用していない人工肉もありますが、いずれにせよ乳化剤や結合剤のような添加物や保存料の多い「超加工食品」です。

「超加工食品」に安全上の問題点はないのだろうか?

――安全性の検証が拙速な感は否めませんね。

 はい。ですが巨大資本がマネーゲームを繰り広げるこの分野の勢いは、とどまるところを知りません。豆さえ使わず直接細胞からつくる「培養肉」もホットな市場で、シンガポールですでに培養鶏肉の提供を始めた米イート・ジャスト社は、世界最大規模のバイオリアクター建設計画を進めています。

 1基につき4億5000万ドルもかかる莫大な建設費、電力消費の大きさ、動物細胞の培養液の感染リスクなど問題は山積みですが、各国政府は「気候変動」「人口爆発」などの対策を掲げて我先にと規制をゆるめ、代替タンパク質の開発競争に力を入れています。

 これはどこかで見た光景だと思ったら、14年前『ルポ 貧困大国アメリカ』で取材した、大規模な工業型畜産の推進と同じ構図だったんですね。あの時は、欧米だけでなく新興国で急速に拡大してきた食肉と乳製品の需要を、「畜産の生産性を高めることで」解決するという流れでした。増え続ける世界人口にとって重要なタンパク源を賄わなければ起きる飢餓を解消するために、農業と畜産を工業化しなければならない、と。

©️iStock.com

 1頭の牛から取れる肉を増やそう、牛乳を増やそう、食肉処理のスピードをあげよう、管理する牛の数を増やして効率化しよう――生産性が飛躍的に上がる一方で、効率化でぎゅうぎゅう詰めにされ感染症に弱くなった牛たちに大量の抗生物質を投じ、その糞尿は地域の水源や大気を汚し、餌にする遺伝子組み換え穀物の単一栽培(モノカルチャー)によって土壌汚染が拡がりました。

 豚や鶏も同様です。今や世界中で批判の声が上がっていますが、工業化された畜産や農業で推し進められた「もっと大量に、もっと早く、もっと便利に」というグローバル資本主義的手法がもたらしたものは、南北格差を拡げ、環境・健康・エネルギーという3大社会的コストが途上国に押しつけられ、食料不足の解消にもならなかった。