食料不足解消の妨げになっていた“巨大なマネーゲーム”
――飢餓を救うという触れ込みだったのに?
堤 私が金融業界にいた時に、食料不足による飢餓、というヘッドラインが出ると失笑が起きたのを、よく覚えています。食料が投機商品になったときから、必要とする人に届かない歪みが深刻になり、それで潤っていた業界だったからです。
人類全員が食べられるだけの食料は十分あったにも関わらず、人災としての食料危機が頻発するようになってしまった。
「人口爆発はもう止まらない、飢饉が訪れる」と恐怖を煽られた私たちは、巨大なマネーゲームのなかで踊らされているに過ぎなかったのです。
その反省から、工業型畜産や単一栽培、遺伝子組み換え食物などに対する反発が世界中で広がり、「家族農業の価値」や「持続可能な食と農」の形へと見直しが進んでいたところで、今度はSDGsの名の下に、気候変動や食料危機を解決する夢のテクノロジーとして、ゲノム編集や合成生物を始めとするフードテックや、デジタル農業が勢いよく台頭してきました。
歴史を見てもわかるように、政府やマスコミ、学者などによって、飢餓など「恐怖」を煽られ、「この道しかない」といわれる時、私たちはよくよく注意しなければなりません。
――すでに日本ではゲノム編集されたトラフグやマダイ、トマトなども流通していますね?
堤 いち早く規制緩和に踏み切っている日本は、〈クリスパーキャス9〉という手法で開発された、通常の1.9倍の速さで成長するトラフグや、1.2倍の身がある「肉厚マダイ」を市場に出しています。
日本ではメーカーが届け出さえすれば安全審査も表示もなしでOKですから、ゲノム編集トマトの苗はすでに5000以上の家庭に無料で配布され、トマトはオンライン販売されています。全国の福祉施設や小学校に無料配布する計画も着々と進んでいます。
マーケティング的には実にうまい戦略で、もちろんそれは営利企業の自由でしょう。ただしここで大切なことは、私たち市民にも「食を選ぶ自由」という権利があること。国や企業は消費者に向かって「どうぞご自由に」というけれど、選択の自由は情報公開があってこそのもの。そこに情報の非対称性があってはダメなのです。
ゲノム編集かどうかを表示し、判断材料として商品が作られる過程を公開すること――安全性の是非で議論が平行線で終わる前に、特に食や薬など、いのちや健康、子ども達や地球の未来に影響するものについては、大前提として、情報の民主化が不可欠でしょう。開発した研究者もこれについては同意見ですから、私達消費者が、食の選択肢を望むかどうかで、今後変わってきます。