自白を誘導するのに必死で引いてしまう……いや、人間として、人の子として義憤に駆られているのだろう……じゃあ、母を殺してバラして平然としている私は人間じゃないな……。
母にとっては馬鹿みたいで時間と金の無駄で消したいほど恥ずかしい過去らしいよ、その楽しそうな旅行。
助産師になれなかった私は、娘じゃないのよ、刑事さん、検事さん。こんな私に、罪悪感のない私にどれだけ訴えてくれても無駄だよ
あかりを主に取り調べていたのは滋賀県警の40代の男性警部補と、大津地検の50代の男性検事だったが、ある日、同世代の女性刑事による取り調べがあった。いつもの男性刑事は退室し、取調室内は、あかりと女性刑事の2人きりにされた。
「あかりさん。今日は私の話を聞いてください」
あかりは黙秘を続けていた。
「実は、私の親もしつけに厳しい人でした。学校の成績が悪いと怒られましたし、塾にも通わされていました。高校生のときに、友だちと遊んで家に帰るのが遅くなってしまったのですが、父に怒鳴りつけられ、一晩家の中に入れてもらえませんでした。大学受験のときも、『浪人なんて絶対許さない、私大はお金がかかるから駄目、自宅から通える公立の学校に入りなさい』と言われて必死で勉強して……」
は~2人きりにさせられて何かおかしいな、と思ってたけど……。今日はそういう作戦で来たか
雑談を利用して自白に導こうとする刑事や検事
晴天のときは平日の朝食のあと、外気に触れる時間が与えられ、20分の体操をすることが認められていた。あかりは、「担当官の人たちはみな親切だった」と振り返っている。運動の時間に言葉を交わしたり、食事や洗濯など身の回りの世話をしてくれた。
しかし、つかの間のリラックスタイムが終わると、刑事や検事が取調室で待ち構えている。雑談のようなやり取りでさえ利用して、なんとかあかりを自白に導こうとした。そのうちの1つが、徹底された身辺調査や、性格分析に基づくものである。ある刑事は、悪戯っぽい目付きでこう言った。
「あかちゃんは嘘つきでわがままで、小心者だな」
かと思うと、
「近所のラーメン屋でA定食よく食べてたよね。俺の知り合いがそこで働いてるからな」
と、事件前のあかりの日常はすべて把握している、と匂わせる。ときには、刑事自身のプライベートをさらして親近感を持たせようとした。
「奥さんと一緒に劇団四季の『美女と野獣』を観に行った。俺はそうでもないけど、奥さんが好きだから」
同年代の女性刑事も同様だった。