ニューヨーク・タイムズのジョディ・カンターとミーガン・トゥーイ両記者が、ハリウッドの大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性暴力・セクハラ疑惑を報道したのは2017年。アンジェリーナ・ジョリーやグウィネス・パルトローら有名女優が性被害を告発するなど、一連の報道をきっかけに始まったのが「#MeToo」だ。

 この運動はSNSで世界に発信・拡散され、性的虐待はいまや、人道上取り組むべき重大な社会問題として認識されている。

 こうした意識改革の流れのなか、BBC(英国放送協会)が注目したのは日本のジャニーズ事務所創業者による性的虐待だった。これは週刊文春が1999年10月から長期間報じたもので、芸能界で多大な影響力を持つジャニー喜多川氏がスカウトした未成年男子に対して優越的立場を利用し、性器を弄んだり、肛門性交するなどの虐待をしていたという内容だった。

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ギネスに表彰されたジャニー氏

 同氏の少年愛は以前から噂にはなっていたもののタブーとされていた。1964年にジャニーズ事務所が新芸能学院と授業料の支払いを巡るトラブルで裁判となった際に彼の性的虐待も公になったが、当時は同性愛へのタブー視と重なり、口にするのは憚られていた。

 週刊文春は一連の告発キャンペーンで、ジャニーズ事務所の教育的配慮の欠如や不公正な労働条件、不当な報酬配分などの人権蹂躙を指摘。好奇心を煽る単なるスキャンダルとしてではなく、声なき弱者の声を拾い、事実を可能な限り客観的に伝え、世に問うことが主眼だった。

「なぜ、日本のメディアは取り上げないのか」

 BBCは以前からこの報道に関心があり、22年夏にロンドンから取材のために来日。当時取材班のひとりだった筆者は、文藝春秋で元同僚と共に撮影インタビューを受けた。

 ジャーナリズムを専門に学び多くの取材現場を経験した優秀なBBCのスタッフは記事を熟読・研究しており、独自の取材を並行して進めていたが、詳細な証言に基づく文春の報道内容に大きな衝撃を受けていた。と同時に、「これが長年問題にされない日本はどうなっているのか」と、ありえないとばかりに首を横に振り、深刻な人権問題だと強く訴えた。

 私たちは当時を振り返り、実際に取材した被害者の証言や様子を伝えたが、BBCスタッフは「なぜ、少年たちはジャニー氏の性的虐待を受け入れたのか」と質問した。