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稀勢の里の復活を前に、断食で鍛えなおした白鵬

――なぜ白鵬は強いんですか。

「本の帯に『これは横綱白鵬の心の戦略図を書き起したものである』と書きましたが、これが彼の一番得意としている部分なんです。相撲は心技体。心の戦略図、技の戦略図、体の戦略図、それぞれ誰も太刀打ちできない、人を凌駕できるほどのものを描けるようになったというのが彼の強さです。

 考える力というのがものすごく強い人なんです。常に相撲を考えていますから」

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©佐貫直哉/文藝春秋

――白鵬にとって誰かの記録を超えることは、どれほどのことなんでしょうか?

「動機付けはひとそれぞれですが、彼の場合はそれが絶対的に数字なんです。今残っている唯一の記録が双葉山の69連勝。他は全部1位記録を持っていますから。だからこそ、15年に大鵬の記録を超えたあと目標を失って、勝負に対する執着心や、絶対に勝ちたいという決意などが雲散霧消してしまった。数字という軸があったから、きちんとしていられたんです。『俺はもう終わっちゃうのか』と思うほど恐怖のどん底に落ちました。一度消えた火を再び灯すのは普通はできないこと。それが次なる大きなドラマになったわけです」

――そここそが彼の強いところでしょうか。

「17年の夏場所、1年振りの優勝を全勝で飾り、復活しました。ひとことでは言えませんが、火が付いたという意味では、稀勢の里の復活でしょう。自分が脇役になってしまったと感じたんですね。本人は『稀勢の里が出てきたから』なんて言わないけれど、それは体を鍛え直すことにつながりました。さらに断食ですよね。力士が断食するなんて、これ以上に考えられないことはないですよ。お相撲さんがご飯食べないなんて。

 一方で通算記録1048勝達成という目標もありました」

「気に食わないから一発くらわしてやろう」

©文藝春秋

――取組みを一番一番書き起すのは、最も苦労されたところで本書の醍醐味でもありますね。

「8年間かかったこととつながるんですけれども、横綱との会話で、右手をどうして、左手をどうして、足は右から行くのか左から行くのか、腰をどうするのかなど、立ち合いだけでも山のように話があるわけです。そしてそのひとつひとつに彼の情念、『気に食わないから一発くらわしてやろう』というのもある。本にも、妙義龍の態度が悪いからやってやろうという場面を書きましたよね。あのかちあげです。そういうことまで書きました。白鵬が実際にどういうシチュエーションで、どんな感情で土俵に上っているかと、土俵の取組みを組み合わせて書くのにはとても時間がかかりました。映像を超えてやろうという大げさな気持ちもありました」

――白鵬への粘り強い取材の賜物ですね。

「ほんの3秒のことから物語性をみつけるためには、白鵬から本当のことを聞き出さなくてはいけなかった。言葉の問題もありますから、何度も何度も同じことを聞きましたね。彼はいやだったでしょうね(笑)。しかし彼の全面協力無くしてはこの本はありえませんでした」