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バッシングを受けて人間失格なのかと悩む

――「なんでも書いてください」と言われたんですよね。

©文藝春秋

「17年の春場所の前ですね。どういう心境で張り差しするのか。どういう心境でかちあげするのか、『本当のことを知ってもらってもいいのかな』と横綱が言ったんです。思いっきり変わった瞬間でした。優等生的な白鵬ではなくなった時です。いろんなバッシングを受けて人間失格なのかと悩んだ時期もありましたからね。そういう中で生まれた『本当のことを知ってもらいたい』という気持ちです。

 今年初場所の初日、阿武咲戦。白鵬には8種類の立ち合いがあるんです。誰も知らない。今回張り差しと右のかちあげが禁じ手となりましたよね。驚くべきことに、その2つを禁じられると、8種類の立ち合いが2種類になってしまうんです。初日の立ち合い、あんな無様な立ち合いは見たことがありませんでした。おどおどっとした。白鵬のことを知り、2つの立ち合いしかないとわかって見たら無茶苦茶面白いですよ。

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 残った2つのうち1つは、新人の時から取り組んでいる左足からいって右差しの左上手。胸で当たるというもの。あとは後の先(ごのせん)です」

大相撲 平成30年初場所 2日目の白鵬 ©志水隆/文藝春秋

――この本を書き始めたときは想像もしなかったスキャンダルが昨年の秋に起きましたが、それについてはどう考えますか。

「強く思うのは、彼はモンゴル人である、それによって、主要素ではない部分が乱反射して、彼の実像が非常に見えにくくなってしまっているということです。今私が見ている限りでは虚像がまかり通っていますよ。白鵬ってそういう人じゃないですよ。一番ゆるがなかったのは、真の白鵬像を知って欲しいという気持ちでした。つまり良いことも悪いことも書いている。これは白鵬讃歌の本ではありません。白鵬がやって良かったこととやって悪かったこと両方を読んで、その上で判断してほしい。わかってくれる人は必ずいると思う。生意気な問いかけですが、なぜ白鵬は千代の富士の記録を抜いたのか。それを冷静に考えてみてもいいんじゃないですか。理由が絶対あるはずなんですよ。本質を見ていただきたいなという切なる思いがあります」

――最後に、帯の白鵬のコメント「地球は認めてくれたけど、私は幸せだろうか…」の真意についてはどう思われますか。

「あれは、昨年の九州場所直後の渦中に彼が発した言葉ですが、次に会ったらその部分をもう少し聞きたいと思っています。とても哲学的ですよね。地球というのは彼がエネルギーを吸収している土俵です。土俵は自分を認めてくれたけれど、これだけ記録を更新して、こんなに横綱として相撲界に功績を残した私がなぜ双葉山や大鵬のように神格化されないのだろうか、ということを言いたかったんだと思います。我々なんかが想像もつかない悩みを彼は抱えているんです」

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朝田武藏(あさだ・むさし)
ジャーナリスト。1963年福島県相馬市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、日本経済新聞社入社。記者として大阪国税局、大阪府警、大阪地検、大阪高検でイトマン事件などを取材。証券取引等監視委員会で四大証券・金融事件、国税庁、東京地検、東京高検、最高検で政界汚職事件などの報道に携わった。2001年9月、ニューヨーク特派員として赴任した直後に発生した米同時テロを専任取材。日経新聞編集委員として、6年間に渡って、松井秀喜、矢沢永吉、横綱白鵬の大型連載コラムを執筆。故郷を襲った東日本大震災を機に11年4月ジャーナリストとして独立。1993年米南部ニューオーリンズの黒人大学に留学し、人種問題を専攻。ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、エリック・クラプトン、B.B.キングなど数多くの単独インタビューを行い、ブルースやロックを評論。著書に『ヒデキマツイ』『マツイの軸』(日本経済新聞出版社)。

白鵬 翔(はくほう・しょう)
1985年モンゴル・ウランバートル生まれ。本名、ムンフバト・ダヴァジャルガル。2000年10月に来日し、宮城野部屋に入門。01年3月場所で初土俵を踏み、04年1月場所に新十両に昇進。翌場所優勝し、新入幕となった同年5月場所で12勝を決め、07年5月場所に朝青龍を破って全勝優勝を達成し、第69代横綱となる。10年には史上2位となる63連勝を記録。17年7月場所に通算勝利記録を1048勝に更新し(17年11月場所終了時点1064勝)、同年11月場所では、史上最多の40回目の幕内優勝を成し遂げた。192cm、157kg。

白鵬伝

朝田 武藏(著)

文藝春秋
2018年1月25日 発売

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