ずっと続けているのは、書くことしかない
小さいころからものを書くのが大好きで、大学時代に小説の執筆を開始。以来、食べていくために洋菓子職人から温泉宿の仲居まで職を転々としながら、ずっと書き継いできた。
継続してきたことが50代で実を結んだのだから、喜びもひとしおではと想像する。
「そうですね、ただ、20代や30代でこういう立派な賞をいただいたら『どうだ、私の力だ』と勘違いしてしまったかもしれない。今ならちゃんとわかります。私の能力や努力で賞をいただけたんじゃない、これまで私を助けてくれたり支えてくれた人のおかげだと。ひたすら感謝の思いでいっぱいです。
たったひとこと話しただけの人も含めて、私の心はいろんな人のかけらが組み合わさってできている。作品はそのなかの大河のひとしずくとして出てきたもの。自分ひとりの力だなんて、まったく思えませんね。
とりわけ、散々迷惑かけてきた両親にはありがとうと言いたいです。受賞の連絡をもらった直後、両親と妹にはメールを送りました。
その後、どうやら私抜きでドンチャン騒ぎをしていたみたい。なんだかちょっと腹が立ちましたけど(笑)」
執筆にこだわり続けてきた生き方について、受賞会見ではみずから、
「書くことは私の『業』です」
と表現した。切っても切り離せないものだから、途中でやめようなどと思ったこともないという。
「人生50年、とよく言いますよね。織田信長が好んだ幸若舞『敦盛』の一節、『人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり』。私も50歳を越えたので、過去のことは夢幻で前世のことのように思えてきてしまって、いつからそんなふうに思うようになったのか定かじゃないんですが……。
ずっと続けているのは、書くことしかないんですよね。他は何ひとつとして続けられたためしがない。大学でやっていた仏教の勉強は中途半端に終わってしまった。子どももおりませんし、仕事もアルバイトだけ。これで書くことをやめてしまっては、人間やめますかと問われるようなものですからね。
文章で世界を表現するという業を背負ってここまできました。これから先もそれが変わることはないでしょう」
では今回の受賞によって、書くことに対する姿勢はとりたてて変化しなさそう?
「変化はないと思いますが、馬力はかかると思います。自分の書いたものがたくさんの人に届くとしたら、それはやっぱりうれしいことですから。でもあまり舞い上がったりせず、自分のいいと思うものをしっかり書いていきたいです」
写真=白澤正/文藝春秋