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「ラブドールを通じて『セックスは楽しいよ』と伝えたい」“リアル”と“遊び心”を追求し続けたラブドール界のガリバー・オリエント工業の45年《日本のジョブズはここにいた》

 透けた肌着に覆われた乳房は、触れた指先を一度受け入れ、優しい力で押し返す。小さい顔につぶらな瞳。すらりと伸びた手足は自在にしなり、悩ましげなポーズをとってみせる。

 魅力的な1人の女性と見まがうそれは、国内最大手の特殊ボディーメーカー「オリエント工業」が生み出したラブドールだ。人の体へのあくなき探究心と深い愛情は、単なる性処理を目的としていた「ダッチワイフ」を芸術へと昇華させた。社会の“性の悩み”と共に会社が歩んだ45年の歴史を振り返る。

オリエント工業が生み出してきた数々の傑作たち Ⓒ文藝春秋/撮影・上田康太郎

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オリエント工業の革新的なラブドール

 1977年のことだった。「見た目の魅力に欠ける」「耐久性が足りない」――それまで一般的だった全身空気式のダッチワイフに対し、ユーザーの不満は溜まりに溜まっていた。このフラストレーションを革新的な技術で解消したのがオリエント工業だ。

 腰の部分を柔らかいウレタン製の素材で構成し、顔と胸はソフトビニールを使用することで、ユーザーの期待に見事応えてみせた。オリエント工業の原点であり、後に同社を業界のリーディングカンパニーへと飛躍させた「微笑(ほほえみ)」という名のマスターピース誕生の瞬間である。

ラブドールの金字塔「微笑」(写真提供:オリエント工業)

 そもそもなぜオリエント工業はラブドール製作を始めたのか。土屋日出夫社長(78)は「あるお客さんの相談がきっかけだった」と述懐する。

土屋日出夫社長 Ⓒ文藝春秋/撮影・上田康太郎

 神奈川県に生まれた土屋社長は、米軍専門の引っ越し会社などを経て、33歳の時に新宿のアダルトショップで働き始める。「もともとサラリーマンやお堅い仕事は性に合わないと思っていたから、友人に誘われて好奇心のまま快諾しました。エッチな漫画や写真、女性用のこけしなんかを取り扱っていたな。お上が厳しくて性器そのものみたいな露骨な商品はダメだったから、民芸品という名目で売っていましたね」

見た目もパッとせず、何より「気持ちよくなかった」男性向け性具

 時代は高度経済成長期の真っ只中。「男は遊ぶためにいっぱい働いていた時代だったね」と懐かしむ。やがて社長自身も独立して浅草に店を構えるようになったが、「大人のおもちゃ」は女性用の商品ばかりが充実していた。

「女性の社会的立場がまだまだ弱かったからでしょうね。男がいかに女を喜ばせるか、それだけが関心事だったんですよ」

 男性向けの性具といえば、スポンジ製の「しびれフグ」や、手足を広げてポカーンと口を開けたダッチワイフといった、おもちゃというのもはばかられるほどチープなものばかり。「女性向けのバイブレーション付きローターの機能美に比べると、男性用は見た目もパッとしてなかったし、何より気持ちよくなかったんだよ(笑)」。当時のダッチワイフは体重をかけるとすぐに空気が漏れるお粗末なつくりだった。価格も1万~2万円ほどにおさえられていたので、ダメになったら買い換えればいいと誰もが考えていたという。アダルトグッズのプロとして、男性用商品の開発の遅れが気がかりとなっていたころ、足に障害を持った常連客から掛けられた言葉が土屋社長の人生を啓くことになる。