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「ラブドールを通じて『セックスは楽しいよ』と伝えたい」“リアル”と“遊び心”を追求し続けたラブドール界のガリバー・オリエント工業の45年《日本のジョブズはここにいた》

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「障害があるから風俗店には行きたくない」と言った常連客

「障害があるから風俗店には行きたくない。自分にとってダッチワイフはとても大事なものなんだ」とその客はこぼしたそうだ。

「大人のおもちゃ」を扱う身として、少しでもこの客の力になりたい。経営していた2軒のショップのうち片方を売り払って資金をつくり、ラブドール開発を決意した。

「心身に障害があることをはじめ、生まれ持った嗜好など性の悩みは実に繊細で複雑なものです。夫婦仲が冷え切ったことがきっかけになって女性不信に陥ったり、女性器に嫌悪感を持ったりする人もいる。エロを売りにするのは、昔からインチキくさく『とっぽい』商売だという認識は昔からありました。僕はそういうだまし半分みたいなことはしない、お客さんに寄り添う商売がしたいなと考えたんです」

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高度経済成長とともに、エロの新時代を切り開いてきた Ⓒ文藝春秋/撮影・上田康太郎

 記念すべき「微笑」の発売から5年後の82年、今度は空気を一切使用しない「面影(おもかげ)」が完成する。表皮にはコンドームに使われるラテックス素材を、ボディー内部には発泡ウレタンを導入し、人目を気にせず持ち運びできるよう、両腕、両脚の取り外しを可能にした。顔の造作にもこだわった。絶世の美女ではなく誰からも愛される普遍的な顔立ちを採用し、「亡き妻の面影をしのぶ」という独創的なコンセプトが命名の由来になった。

淫靡な雰囲気漂う「影シリーズ」。左から「面影」「影身」「影華」(写真提供:オリエント工業)

「リアル」と「遊び心」を追求し続け…56万円でも爆発的な売れ行き

 87年には関節を内蔵した「影身(かげみ)」をリリース。関節が生まれたことで様々なポージングが可能となり、ユーザーが求める体位を実現させた。影シリーズの集大成として92年に登場したのは「影華(えいか)」。手足の結合部分を強化し、許容体重は120kgから145kgまで増加した。

 オリエント工業の躍進はとまらない。頭部の互換性を持った「華三姉妹」(97年)、若者から絶大な支持を集めた「アリス(現プチソフト)」シリーズ(99年)、2次元の美少女を立体化した「ファンタスティック」(2000年)など、次々と新しいアイディアを現実のものにし、ヒットさせてきた。

様々なイノベーションのプロセスがショールームには並ぶ Ⓒ文藝春秋/撮影・上田康太郎

 そして迎えた01年。ラブドールの歴史において「空気式からの脱却」に次ぐ革命が起こる。現在にまで続くシリコンゴムの実用化だ。ベタつきや裂けやすさといったシリコンの欠点を2年かけて改良。吸い付くようななめらかな手触りを実現し、美しい肌は透明感のある宝石のように見えた。

シリコンゴムを使用し、質感が飛躍的に向上したジュエル(現プチジュエル)(写真提供:オリエント工業)

「ジュエル(現プチジュエル)」と命名された新型ラブドールの価格は従来の2倍以上の56万円まで跳ね上がったが、爆発的な売れ行きを記録し、市場の在庫は常に品薄状態だったという。

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