「障害があるから風俗店には行きたくない」と言った常連客
「障害があるから風俗店には行きたくない。自分にとってダッチワイフはとても大事なものなんだ」とその客はこぼしたそうだ。
「大人のおもちゃ」を扱う身として、少しでもこの客の力になりたい。経営していた2軒のショップのうち片方を売り払って資金をつくり、ラブドール開発を決意した。
「心身に障害があることをはじめ、生まれ持った嗜好など性の悩みは実に繊細で複雑なものです。夫婦仲が冷え切ったことがきっかけになって女性不信に陥ったり、女性器に嫌悪感を持ったりする人もいる。エロを売りにするのは、昔からインチキくさく『とっぽい』商売だという認識は昔からありました。僕はそういうだまし半分みたいなことはしない、お客さんに寄り添う商売がしたいなと考えたんです」
記念すべき「微笑」の発売から5年後の82年、今度は空気を一切使用しない「面影(おもかげ)」が完成する。表皮にはコンドームに使われるラテックス素材を、ボディー内部には発泡ウレタンを導入し、人目を気にせず持ち運びできるよう、両腕、両脚の取り外しを可能にした。顔の造作にもこだわった。絶世の美女ではなく誰からも愛される普遍的な顔立ちを採用し、「亡き妻の面影をしのぶ」という独創的なコンセプトが命名の由来になった。
「リアル」と「遊び心」を追求し続け…56万円でも爆発的な売れ行き
87年には関節を内蔵した「影身(かげみ)」をリリース。関節が生まれたことで様々なポージングが可能となり、ユーザーが求める体位を実現させた。影シリーズの集大成として92年に登場したのは「影華(えいか)」。手足の結合部分を強化し、許容体重は120kgから145kgまで増加した。
オリエント工業の躍進はとまらない。頭部の互換性を持った「華三姉妹」(97年)、若者から絶大な支持を集めた「アリス(現プチソフト)」シリーズ(99年)、2次元の美少女を立体化した「ファンタスティック」(2000年)など、次々と新しいアイディアを現実のものにし、ヒットさせてきた。
そして迎えた01年。ラブドールの歴史において「空気式からの脱却」に次ぐ革命が起こる。現在にまで続くシリコンゴムの実用化だ。ベタつきや裂けやすさといったシリコンの欠点を2年かけて改良。吸い付くようななめらかな手触りを実現し、美しい肌は透明感のある宝石のように見えた。
「ジュエル(現プチジュエル)」と命名された新型ラブドールの価格は従来の2倍以上の56万円まで跳ね上がったが、爆発的な売れ行きを記録し、市場の在庫は常に品薄状態だったという。