「私と子供はどうすればいいの? 気が狂いそう。お願い、帰ってきて」

 愛人との生活にうつつを抜かし、妊娠中の妻を残した元暴力団の男(33)。夫を更生させようと必死の妻に対して、男が取った行動は“最悪”なものだった……。

 昭和50年代の中国地方で起きた事件を、ノンフィクションライターの小野一光氏の新刊『昭和の凶悪殺人事件』(幻冬舎アウトロー文庫)より一部抜粋してお届けする(全2回の2回目/前編を読む)

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*登場する人物名はすべて仮名です。

元暴力団の男はなぜ妊娠中の妻を殺害したのか? 写真はイメージです ©iStock.com

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発覚のきっかけはファミレスの泥棒騒ぎ

 昭和50年代の終わり近くに、その事件は起きた。

「現金約100万円の入った金庫が泥棒に盗まれた」

 中国地方U県にあるファミリーレストランからL署に通報があり、窃盗についての捜査が始まってからのこと。

 現場検証により、金庫が置かれた部屋への侵入には合鍵が使われており、内部事情に明るい者が犯行に関わっている疑いが強いとの見立てがなされた。そのため、従業員とその関係者に対する洗い出し作業が進められることになったのである。

 そこで浮かび上がってきたのが、持山秀一という33歳の男。持山はその店でウエイトレスとして働く岩田小百合と同棲しており、彼女をいつも車で送迎していたが、定職に就かず、昼間はパチンコ店に入り浸る遊び人だった。

 小百合は夫と離婚後、2人の子供を引き取りL市内で暮らしていたが、1年ほど前、当時布団販売店のセールスマンだった持山が営業に訪れ、いつしか男女の仲になっていたのである。

 持山について内偵捜査を続けたところ、驚きの事実が浮かび上がってきた。

 持山には前年の春から同棲を始め、入籍して間もない24歳の妻がいたのである。妻のルリ子は、持山がかつて布団販売店で働く前に勤めていた、先物取引仲介会社で事務職に就いていた女性で、結婚後はZ市内にアパートを借りて生活していた。だが、妊娠しているルリ子の姿が、ここ1カ月くらい目撃されていないというのだ。

 捜査員の聞き込みに対して、アパートの大家は次のように答えていた。

「去年、(ルリ子)本人から聞いた話では、この春には出産予定で、お腹もかなり目立っていました」

 また、彼女が通っていた病院によれば、昨年末までは何度か診察を受けていたが、今年になってからは姿を見せていないという。

 さらにルリ子の両親からは、「持山にルリ子の居場所について尋ねたが、『いまは言えない。そのうち電話を入れさせる』と説明された」との証言も入手した。

 この段階ですでに窃盗事件の発生から2カ月半が経過していた。捜査員が集めてきた話から、ルリ子が犯罪の被害者となっている最悪のケースも想定されるため、L署とZ署に約20名体制での捜査チームが編成されたのである。