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「この国は来年の選挙までは変わらないでしょう。現アルベルト・フェルナンデス大統領はクリスティナ・フェルナンデス・デ・キルチネル副大統領の傀儡で、その副大統領も汚職の罪で有罪判決が下り、既に国民の支持は離れています。

 アルゼンチンには政権に金を搾取されないため、“クロ”と呼ばれる給料を手渡しで受け取る人が40%近くいると言われている。そんなタイミングで行われたW杯だけに、国民にとって代表チームの躍進は一縷の希望だったわけです。優勝で確かに国は盛り上がりましたが、それで経済が好転すると楽観視する人は少数派でしょう」

 アルゼンチンという国はこれまで実に9度のデフォルト(債務不履行)に陥っている。筆者もデフォルトの危機が囁かれていた2012年、2013年の2度、アルゼンチンを訪れた。ブエノスアイレスは、「南米のパリ」と呼ばれるほど美しい街並みを誇る。それでも少しエリアを離れると、農業大国としての側面も確かに感じられ、驚くほど安価で上質な牛肉を味わえた。

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 しかし、国民の生活は当時から苦難に直面しており、通貨のペソは価値を落とし、旅行者や一部の国民の中には、隣国のウルグアイに入り、ドルで両替を行い倍近い交換率で紙幣を手にするものもいた。

フェルナンデス政権への怒りを、このW杯優勝の歓喜へと転換

 鬱憤を晴らすかのように、週末だけはいたるところで贔屓のクラブチームの応援に精を出す人々の姿があった。勝利した日には全てを忘れるかのように騒ぎつくす。サポーターを乗せたバスが道路を占拠し、街の飲み屋はビール片手に盛り上がるユニホーム姿の人で埋め尽くされていた——。

W杯優勝が母国への鬱憤を晴らしてくれた

 凱旋パレードに参加したエスクエル・フェレイラさんは喜びの裏で、熱狂するサポーター達をどこか俯瞰して見ていたとも明かす。インフレ率が90%を超えるという物価高、汚職や腐敗が続くフェルナンデス政権への怒りを、このW杯優勝の歓喜へと転換させているようにも感じたからだ。生活が一向に改善されない母国の鬱憤を、ナショナルチームが代弁してくれた、と。

「皮肉なことに、アルゼンチンという国がひとつになるのはW杯の時だけ。経済も政治もサッカー協会も、この国が結束するということはない。私達の国では、1982年のフォークランド紛争でイングランドに負けて、悲しみに暮れていた。そのイングランドに1986年はマラドーナの大活躍で勝利した。だから彼は国民の英雄なわけです。

 今回のメッシも、危機的な国の希望となる活躍だった。アルゼンチンという国は、政治とサッカーは切り離せない。今回のW杯優勝を経て、国が少しでもまとまって欲しい、と願っています」

 優勝後の過剰な盛り上がりは世界的にも報道され、懐疑的な論調も目立った。それでもアルゼンチンの人々からすれば、祈りにも近い心情が込められていたのかもしれない。36年の時を経てもたらされた歓喜は、アルゼンチンの過酷な現実を一時的に忘却させたのだ。

W杯の優勝トロフィーを掲げるアルゼンチン代表のメッシ ©JMPA