さまざまな犯罪者が集まる刑務所では、グループ間での集団喧嘩のような受刑者同士のトラブルも多い。しかも数十人の受刑者が働く工場でも監督の刑務官は1人か2人だという。そのため喧嘩が起きそうな険悪な雰囲気を察知すると、刑務官は非常ボタンを押して“増援”を求めるという。
「非常ボタンを押すと、いろんなところからオヤジたちが湧いて出てくるんですよ。若いのは猛スピードで走ってきて、おっさんはチャリで。100人くらい集まってきて、受刑者はあっという間に地面に押しつけられて制圧される。昔は到着が早かった上位5人にうどん券が配られたらしく、全員異常なスピードです。だから喧嘩は最初の1分が勝負。抵抗する気なんてないのに、息ができないぐらい押してくる奴も多い。それにしてもあの赤チャリ懐かしいな(笑)」(X氏)
工場の監督を担当する刑務官は“猛者”揃いで、柔道の黒帯など、1人で複数人を制圧するくらいの能力は当たり前に持っているという。中には「俺に尻餅をつかせたら仮釈(仮釈放)1年やるよ」などと冗談を言う刑務官もいるようだ。
名刑は過去の死亡事件などの教訓から、過剰な“制圧”や暴行などを受けた受刑者が問題のある刑務官を報告するための投書箱も設置されている。しかし、X氏は「あんなもの、投書できるわけないんだよ」とその形骸化を指摘する。
「投書箱の場所がオヤジたちが詰めているところの近くで、誰が入れたかが丸わかり。自分が担当する受刑者が何か入れてるのを見たらキツく当たられるから、誰も入れてないんじゃないかな」
X氏は一通り不満をぶちまけた後、名古屋刑務所での“感動体験”を語りだした。
「慰問は良かったな。芸能人とかも来たけど、俺が一番記憶に残っているのは毎年来てくれる愛工大名電高校の吹奏楽部。全国大会に出るようなレベルの演奏で、結構感動するんだ。でもあれ、生徒さんにとっては地獄やと思いますよ。舞台に幕がかかった体育館に約1000人の受刑者が集められて、ステージで生徒さんが準備してる間も、『動くな!』『顔を上げるな!』とか尋常じゃない怒鳴り声が響き続けてるんだから。オヤジも女子高生の前で張り切ってるんだろうけどね。
それでいざ幕が上がると、同じ服の囚人1000人が死んだサバみたいな目をして並んでる。そりゃ音だって震えるだろうし、下手したらトラウマになるでしょ(笑)」
演奏が終わると、肩から上に手を上げることが許されていない受刑者たちは、高校生に胸の高さでゆっくりと拍手を送るという。
受刑者と刑務官の「どっちが悲惨かわからないよ」
取材の最後、X氏は名刑の苦しい思い出とあわせて、刑務官たちへの“哀れみ”をこう表現した。
「名刑には二度と戻りたくないね。オヤジたちはうざいし、何より食事がまずいんだ。お湯にネギが浮かんでるだけの味噌汁とか、甘くもなんともないぜんざいとか。元ギャングの外国人とかは喜んで食べてたけど、オヤジたちは本当に検食してんのかな。俺らは何年かで出られるけどオヤジは定年までずっとだから、どっちが悲惨かわからないよ。俺らはオヤジたちのことを『無期懲役』って呼んでるからね(笑)」
2001年から20年たっても一向に改善していないことが発覚した名刑の実態について、危機感をあらわにする法務省の関係者もいた。
「12月27日の第三者委員会の初会合でも、監視カメラの映像解析などから去年11月~今年8月にかけて3人の受刑者に対する直接的な暴力行為だけで107件あったことがわかりました。土下座をさせたり中指を立てたりといった不適正な処遇は355件にも上ります。つまり、名古屋刑務所の状況は20年前から何も改善されていないんです。行為自体は微罪かもしれませんがしっかりとした処分をしなければならないため、検察は事件を担当する名古屋地検に東京からエース級の検事を異動させることを決めています」
暴行事件の真相解明には、刑務所という閉鎖された空間の実態を理解することが第一歩になるだろう。