「殴られた時は前に出ろ」と教育されていた
マサさんは初体験のことで、動揺や緊張があったでしょう。それでも、ひるむことなく、星野さんに向かっていく姿勢を取りました。
マサさんは神奈川・日大藤沢高校の野球部時代から「殴られた時は前に出ろ」と教育されていたそうです。その教え通り、「もっと殴ってください」と言わんばかりに星野さんの顔の前に自分の顔を突き出し、正々堂々と受けて立つような行為に出たのですが……。
キャッチャーも連帯責任
これはやってはいけないのです。
星野さんの怒りの炎に、さらに油を注ぐことになりました。2発、3発……佳境に入ると、キャッチャーも連帯責任だとばかりに後方にいた私まで巻き添えになり、数発お見舞いされました。完全にとばっちりでした。しまいには、
「オマエらしっかりせい!」
マサさんへの個人的な叱責だったはずの「オマエ」が、なぜか「オマエら」に変わっていました。打たれたピッチャーが星野さんに呼ばれたことで条件反射的に、マサさんについて行ってしまったことを悔やんでも後の祭りでした。
ただ、マサさんはその直後から急激に立ち直り、終盤まで見事なピッチングを披露しました。後に「開き直って、やけくそ気味に投げた」と話していた通り、確かに忘れかけていた必死さを取り戻したようでした。
阪神の岡田彰布監督は2005年に中日との優勝争いの終盤で、不本意な判定で絶体絶命のピンチに追い込まれた久保田智之投手に対し、マウンド上で「無茶苦茶やったれ! 俺が責任を取るから」と檄を飛ばした有名な逸話があります。久保田投手も岡田監督の言葉に応え、窮地を切り抜けました。この一戦は阪神が中日とのデッドヒートの末、セ・リーグ制覇を果たした最大の要因に挙げられる試合にもなりました。