2021年7月29日に始めた炊き出しは毎週木曜日に行われ、この日で60回目を数えた。コロナ禍の中で、お世辞にも公衆衛生が行き届いているとはいえないあいりん地区は危険な地帯だ。翔自身、何度か新型コロナウイルスに感染し発症している。
「偽善」と呼ばれるには、あまりにも痛々しい自己犠牲ではないか。
名前が全国区になっても悪事をやめない
そもそも翔の名前が、メジャーリーガーとして活躍する兄、「ダルビッシュ有の弟」として知られたということが誤解である。大阪府内ではまず先に、翔の悪名が知れ渡っていたからだ。
「兄貴の弟ではなく、地元では『俺の兄貴』として兄の名前が知られるようになった」
と翔は言うが、これは事実だ。
名前が知られてしまえば、そう簡単に悪事を働くことができない。「オモテ」に出るツールは格闘技に留まらず、芸能、慈善事業と幅広くある。これが私の「更生の方程式」だ。ところが、「ダルビッシュ」の名前が全国区になっても、翔が悪事をやめることはなかった。
貧民街に流れ着いた「明日のない」少年が、ボクシングという「明日」と出会って「世界」に挑む物語が『あしたのジョー』である。はたして翔はどのように「明日」を手に入れたのか──。
兄貴にはしばかれっぱなし
1989年3月12日に生まれた翔は、2022年12月時点で33歳。2つ上の兄がダルビッシュ有、3つ下には元俳優の弟がいて、3人兄弟の真ん中が翔だ。出身は大阪府内の羽曳野。かつては近鉄バファローズが本拠地にしていた藤井寺球場があるエリアである。もっとも1997年にバファローズが京セラドームに本拠地を移す。翔の世代で藤井寺球場は二軍の練習場及び寮というイメージしかない。
父はイラン人の元サッカー選手、母は日本人。両親が出会ったのは留学先のアメリカである。共通の言語が「英語」ということで、日本に来て英会話教室を始める。兄弟が幼い頃、ダルビッシュ家は英会話で生計を立てていた。
ダルビッシュ家の家風は「縦社会」。翔のしつけを行ったのは兄の有だった。
「いやいや、兄貴にはもう、しばかれっぱなし」
と翔は笑う。
ゲームで勝負をしても翔が勝つとしばかれるという関係だ。決して兄弟仲が悪いとか、陰湿な関係ではない。子供とはいえ将来メジャーになれる逸材が「じゃれる」のは熊を相手に遊ぶようなものだ。翔も身体が大きかったが、どうしても「しばかれる」ということになってしまう。
実際に翔は保育園、小学校とよく友達とケンカをした。力が強かったので殴って泣かせるどころか、ケガをさせることもしばしばだった。そのたび、母親がケーキを持参して謝りに行き、少し大事になった時は父親が出て行き、教師が間に入りというほど「やんちゃくれ」な少年時代を過ごす。