山口組と一和会の暴力団抗争である山一抗争中に「一和会きっての気鋭の若手組長」と報じられ、山口組直参にもっとも近づいた男として知られる若野康玄氏。現在は格闘技を通じた教育事業や、ノンフィクション作品などの執筆活動を行っている。

 ここでは、そんな若野氏が“スネに傷を持つ男達”の生きざまを描いたノンフィクション『大阪アンダーワールド』(徳間書店)より一部を抜粋。かつて大阪で悪名を轟かせ、現在は「炊き出し」で更生しているダルビッシュ翔氏の物語を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)

ダルビッシュ翔氏(YouTube「ワルビッシュTV」より)

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明日を失った人たち

 2022年9月22日、大阪西成のあいりん地区にある萩之茶屋南公園に「大阪租界」ののぼり旗がはためいていた。

 萩之茶屋南公園は「三角公園」と呼ばれている。

 ヤクザ組織には雑事が多くある。「力」を持った組員が自分の仕事を理由に雑事を避けることから、必然、低収入の層が雑事の引き受け役となる。幹部が集まれば駐車場で誘導棒を振り、玄関で脱いだ靴を整理する。高齢者も多く、酷暑でも極寒でも青息吐息で多くの雑事をこなす。

 雑事の際にもらえる「お小遣い」は、この人たちにとって至福だ。「無」が「有」に変わることは歓喜に他ならない。

「持てる者はさらに与えられ、持たざる者はさらに奪われるであろう」とは『新約聖書』の「マタイによる福音書」の有名な一説で、「富は富を生み貧困は貧困を生む」という意味だ。

 あらかじめ「持たざる人」にとって富が降って湧いてくる「幸福」はあっても、なにかを喪失する「不幸」は少ない。

 裏を返せば「持たざる人」は希望を喪失したまま、今日の「幸福」だけを求めて生きているということだ。「明日」と言ってもいい。そうした人たちが身を寄せ合うのが西成である。

「炊き出し」の中心にいる大柄な男

 大阪人なら誰でも周知しているが、西成にはウラの顔がある。

「明日」を夢見ない日雇い労働者は、地下経済界にとって魅力的な顧客だ。希望を持たず「今」を生きる人々に、暴力団は「薬局」としてクスリをせっせと売りさばき、賭場を開帳。住民は稼いだ日銭を、せっせと地下組織に献上するのである。

 その中心部にある三角公園に、この日、並んだのは約400人で、2022年最大の行列だったという。居並ぶ西成住民たちが求めたのは、「大阪租界」が提供する豚の生姜焼き丼と、豚汁。

「炊き出し」の中心にいるのは、身長182センチのひときわ大柄な男である。

 その人物こそ、ダルビッシュ翔である。

 どのボランティア活動にも「売名」や「偽善」の口さがない言葉を浴びせる人がいる。だがこの男の名前はすでに知れ渡っていて売名の必要はない。