「今はコロナで中止されていますが、それまでは毎年ありました。それがすごいテリブルで……」
東京藝大の美術学部彫刻科に入学した新入生の上原真理恵さん(仮名)。創作活動への没頭を夢見る彼女を裏切った「新入生歓迎会」とは、どんなものだったのか?
弁護士ドットムニュース記者の猪谷千香氏の新刊『ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
◆◆◆
美術業界の歪な構造
ここまで、美術業界で権力を握る美術家やキュレーター、学芸員による、女性作家に対する壮絶なセクハラや性暴力の実態を見てきた。優位な立場や業界内の権力にものを言わせて、弱い立場の女性を意のままにしようとする男性たち。女性作家たちの話からは、狭い世界での出来事なので、多くの場合、立場が弱い若手作家が泣き寝入りして終わりになっている実態が浮かびあがった。加害者たちは何の反省もなく、同じような行為をずっと繰り返していることもうかがえる。
さらに、私が気になったのは、そうした作家たちの中には、学生時代から同じ大学の先輩や教員らからハラスメントを受けているケースも少なくないということだ。美術業界に人材を輩出してきた芸術大学や美術大学と呼ばれる専門の教育機関において、である。
美術の教育現場のハラスメントを掘り下げていくと、根底には極端に偏ったジェンダーバランスがあり、それゆえに延々と男性にとって都合がいい価値観が再生産され続けてきたのではないかと疑われる、歪な構造も浮かび上がるのだ。
名門・東京藝大に裏切られた彼女の告白
日本最難関といわれる東京藝術大学。中でも美術学部絵画科油画専攻の2022年の入試倍率は17.3倍と、難関大学の最高峰を誇る。一浪や二浪は当たり前、三浪という人も珍しくはない。
「東大に受かるより難しい」といわれるゆえんだ。
毎年4月になると、東京・上野にある東京藝大のキャンパスには、そんな過酷な入試を突破してきた芸術家の卵たちが期待を胸に集まってくる。美術学部彫刻科に入学した上原真理恵さん(仮名)もそうした新入生の1人だった。
厳しい受験を勝ち抜き、これからは国内随一の大学、素晴らしい環境で彫刻に没頭できる。上原さんは大学生活を楽しみにしていた。しかし、その期待はスタートから裏切られる。