大きな杯で酒を飲まされたことも、上原さんにはつらい記憶だ。当時、一発芸を披露した新入生全員が飲み干さなければならないという「決まり」だった。血縁関係にない者同士が結束を固めるために、「親子杯」や「兄弟杯」をかわすという風習を想起させる。
しかし、そこは教育の場である。強制参加の新歓で、全員が杯をかわす必要は本当にあるのだろうか。
上原さんはその時、未成年だったためあらかじめ水にしてほしいと言ったが、先輩の学生たちが酔っていたため、杯には酒が混じってしまっていた。上原さんは口をつけてから気づいたものの、途中で止めさせてもらえず、我慢して飲み干さなければならなかった。
「とにかく、先生や先輩の前で盛り上げようというマインドしかないんです。今思い出しても、本当に嫌でした」と首を横に振る。
一発芸を断れない理由は「美大特有の空気」
事前に一発芸を断ることはできなかったのだろうか、と疑問を持つが、それも難しかったという。
「藝大や美大を受験するための予備校大手は3つしかありません。浪人生も多いので、学生の間には、入学前から予備校時代にできた上下関係があります。新歓の時には、予備校時代の先輩たちから、こういうのやりなよ、と一発芸の指示が飛んできます。私にも1学年上の先輩から指示がありました。もちろん嬉々としてやる学生もいますが、多くの新入生が雰囲気に飲まれて、『やりたくないです』と言える空気ではありませんでした。先輩たちは新入生のノリをみて、『あいつら使えるかどうか』という判断をします。それで、その後の評価が決まってしまうので、嫌とは言えないのです」
美術業界の特殊性は、予備校時代からの人間関係が大学でも続き、場合によっては卒業後の作家活動にも影響することにある。作家たちは自由に創作活動をおこない、作品だけで勝負しているというイメージが強いが、実は予備校や大学時代からの人脈で仕事をする場面が少なくない。
特に彫刻は、石材や木材など1人では運べない素材を使うことも多く、学科内では教員や先輩の助けを借りて作業する必要がある。ましてや、彫刻科は一学年20人しかいない。必然的にコミュニケーションは密になってしまう。
「100人とか200人いるような学科であれば、1人欠席しようが誰も気にしないと思うのですが、20人の中の1人だと、『あの子いなかったよね』と言われて、目をつけられてしまいます」
一発芸を断ることで、先輩や同級生たちとの人間関係を壊したり、教授をはじめ学科全員が集まる場を白けさせてしまったりすることを、入学したばかりの新入生がどうしてできるだろうか。
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