「若手作家にとっては『洗礼』みたいなもので、それはもう酷かったです」
愛人関係を迫る客や、ギャラリーをキャバクラと履き違える客も……今、若手アーティストたちを苦しめる「ギャラリーストーカー」とはいったい? 弁護士ドットムニュース記者の猪谷千香氏の新刊『ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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「現役の美大生や美大を出たばかりの若い作家さんは、早く売れたいと思っています。その気持ちをお客さんやギャラリーが『利用』することもよくあります。ギャラリー側も、男性オーナーが若い女性作家さんに対して、『もっと女であることをうまく使って』と言って、作品を売るようにけしかけるようなことまでありますね」
銀座のギャラリーで働く中井さんは、取材の中で気になることを語っていた。本当だろうかとすぐには信じがたい思いだったが、30代の女性画家、小杉綾香さん(仮名)が語ってくれた被害は、ギャラリーストーカーだけでなく、ギャラリーも原因だった。
「名刺くれおじさん」の洗礼
小杉さんは10年ほど前、都内の美大を卒業後、画家として活動を始めた。デビュー当時のことを、「ギャラリーストーカーは、若手作家にとっては『洗礼』みたいなもので、それはもう酷かったです」と振り返る。
小杉さんは決して、大人しそうに見えるタイプではない。相手の目を真っ直ぐ見て話をするし、ファッションも特段フェミニンな印象はない。一見、ギャラリーストーカーを寄せ付けない雰囲気だが、それでも被害に遭ってきた。
20代の頃、ギャラリーに在廊していた時に現れたのが「名刺くれおじさん」だった。若い女性作家をみれば、とにかく「名刺を寄越せ」と詰め寄ってくる人物として、作家仲間では知られていた。
「私も当時はあまり意識せずに、名刺に自分の電話番号を載せてしまっていたら、個展を開く時に電話がかかってきてしまって、本当にびっくりしました」
その「名刺くれおじさん」は小杉さんに対して、「今から個展に行ってやるから」と告げ、実際にギャラリーに来たという。その日は個展の初日で、レセプションパーティーが開かれていたが、「名刺くれおじさん」は飲み食いしながら、小杉さんに対して「酒をお酌しろ」「カバンを持て」など、まるでキャバクラに来た客のようにふるまった。
生まれて初めてそんなことを言われた小杉さんは、ショックを受けた。
「私はスタッフじゃないのでお酌できません」「お店じゃないのでお酌できません」などと言って、やり過ごすしかなかった。
「そういう経験を積んで、今では逃げられるようになりましたが、20代の若い子だとまともにくらってしまうだろうなと思います。特に貸画廊とかだと、ギャラリーではなく自分が管理しなくてはならないので、守ってくれるギャラリーの人がいないのが厳しいですね」
ギャラリーは、大まかに分けて2種類ある。小杉さんが指摘した「貸画廊」。それから、「企画画廊」だ。