予期せぬ災難に遭ったときに、どう振る舞うか
ちなみ 九九もやりましたね。
タケシ 九九できるの?
ちなみ 半分ね(笑)。
小嶋 (資料を見ながら)記録に残っていますよ。「4×6=24が、14になってしまっていたが自己修正してできた」と書いてあります。「4×9=26と言った」とも書いてありますね。
タケシ それはいつの話ですか?
小嶋 2015年です。まだまだ伸びしろがあったわけですけど、清水さんのお嬢さんが体調を崩されて、「じゃあ一旦お休みしましょう」となって。
タケシ 本当だったらあとどのくらいの期間、言語のリハビリをやりたかったですか?
小嶋 失語症のリハビリの場合、企業の3年計画、5年計画のように明確に期限を区切ることはなかなか難しいんですよね。私はどちらかというと、ご本人が「もういい」と言うまでずっとしつこくお付き合いするタイプなので、20年お付き合いしている方もいます。でも、原稿が書けるまでになられていたということは、私のセラピーはあの時点で一旦終わってよかったんだと思います。これに代わるリハビリ的な営みが、日々の生活の中にあったということですよね。
ちなみ ありました。娘も元気になって、リハビリに付き合ってくれましたし。
タカシ 彼女は失語症になったことを「だってしょうがない」って明るく言うんですけど、僕が失語症になったとしたら、絶対クヨクヨしちゃうと思うんです。いろんな方がいらっしゃると思うんですけど、先生から見て、清水ちなみはどんな患者でしたか?
小嶋 たとえば、「ご主人がこんなに重症になってしまったのに、この奥さんは現状を明るく受け止めていらっしゃっててすごいな」と思うことがある一方で、「こんなによくなった」とこちらは思っているのに、「こんなの私の主人じゃない」と嘆く方もいらっしゃいます。
これは失語症の問題というよりも、人生において予期せぬ災難に遭ったときの人間の振る舞い……に通じることではないでしょうか。そういう観点から考えなくてはいけないと思うんです。
タケシ なるほど。
しみずちなみ/ 1963年生まれ。青山学院大学文学部卒業後、OL生活を経てコラムニストに。著書に『おじさん改造講座—OL500人委員会』(文春文庫)など。
こじまともゆき/ 1958年生まれ。言語聴覚士・医学博士。武蔵野大学大学院人間社会研究科教授。2006年「市川高次脳機能障害相談室」を開設。編著書に『失語症のすべてがわかる本』(講談社)など。
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