2009年に脳梗塞で左脳の4分の1が壊れて失語症になり、メディアから姿を消した清水ちなみさん。その闘病記を綴った『週刊文春WOMAN』の連載が『失くした「言葉」を取り戻すまで 脳梗塞で左脳の1/4が壊れた私』として、ついに単行本になりました。
そんな清水さんが、かつて言語のリハビリに通い、“私のサリバン先生”と慕っている言語聴覚士・小嶋知幸先生のもとへ、夫のタケシさんと一緒に話を聞きに行きました。(全3回の2回目。#1、#3を読む)
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音がなくてもわかる漢字より、仮名の方が難しい…
小嶋 清水さんは、音韻と仮名の処理、そして、ワープロの文字変換の処理が大変だったので、そこを集中的に訓練しました。でも、当時の状況を見ると、三行日記ぐらいは書けても、雑誌の連載記事が書けるようになるとは……。そこまで到達するのは本当にハードルが高いので。
タケシ 彼女はもともとブラインドタッチでとても速くタイプしていたんですが、そのことは関係ありますか?
小嶋 そうですね。私と「今週は“あ行”がわかりました。来週は“か行”に行きましょう」なんてやっていた頃、ご自分ではどうでしたか? キーボードの絵を見たら、思い出してきたんですか?
ちなみ はい。グッとわかるようになりました。“か行”からは一文字打つのに2つのキーを押さないといけないから最初は大変でしたが、「こういう感じ」というのを思い出してきた。ピアノみたいな。ピアノって何もしなくても指が動くじゃないですか。そんな感じがしました。失語症になって、私みたいに仮名を難しく感じる人は多いんですか?
小嶋 多くの人は、やっぱり仮名と音韻との対応が壊れやすい。脆弱なんです。
ちなみ 漢字とはどう違うんでしょうか?
小嶋 漢字は音がなくてもわかる。もともと音を必要としないんですね。重症の失語症になった方で、「昨日はどこに行ったんですか?」という質問に答えようとしても、全く音韻が浮かばないのに、立派に「吉祥寺」と漢字で書くことはできる人もいます。「還暦」なんて難しい漢字も書ける。でも「かんれき」という音は脳に浮かんでこない。そういう場合もあります。
ちなみ へえー。
小嶋 「奥さんはお元気ですか?」と口頭で聞かれても全然ピンとこないのに「妻、元気?」と書いて見せると理解できることもあります。
ちなみ 字を見せると理解できるのに、音で聞いてもわからない。
小嶋 それが音韻というものなんです。音韻がいかに精密で、ガラス細工のように壊れやすいものなのか、ということです。多くの失語症の方は、音韻が難しくなるんですけど、清水さんの場合は、きれいにそこだけが目立ったタイプだったんですね。ほかは割とよかった。
だから音韻に、集中的にアプローチするという方法を取ったんです。もちろん、音韻だけでなく、言葉の意味のほうにもアプローチして、トータルにセラピーはやっていましたけど。