2009年に脳梗塞で左脳の4分の1が壊れて失語症になり、メディアから姿を消した清水ちなみさん。その闘病記を綴った『週刊文春WOMAN』の連載が『失くした「言葉」を取り戻すまで 脳梗塞で左脳の1/4が壊れた私』として、ついに単行本になりました。
そんな清水さんが、かつて言語のリハビリに通い、“私のサリバン先生”と慕っている言語聴覚士・小嶋知幸先生のもとへ、夫のタケシさんと一緒に話を聞きに行きました。(全3回の3回目。#1、#2を読む)
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「もう、なっちゃったものはしょうがないので」
小嶋 これは勝手な私の妄想なのですが、清水さんの昔の作品を改めて読んでみると、世の中に対する見方が非常に柔軟で、「こうでなければいけない」という凝り固まった感じではないですよね。そういう発想で生きている方だから、この局面に対しても、内心は悲嘆にくれていらっしゃったはずなんですけど、表面的には「これが現実でしょう」と明るく受け止めたのかなと。
清水さんは、成り行きにまかせて、物事を一歩引いた視点から見ることができる方なのではないかなと思っているんですけど、いかがでしょうか。
ちなみ どうでしょうねえ。でも本当にもう、なっちゃったものはしょうがないので。
タケシ 最初からそんな感じだったので、ちょっと呆れました。
小嶋 ある程度音韻がぐちゃぐちゃしていても、お身体の方に大きな障害が出なかったことも大きかったかもしれませんね。なんといってもご自分の足で歩けて、料理ができて、買い物ができる。そういうところも大きかったのではないかと思います。
ちなみ そうですね。買い物のとき、お金のやりとりには苦労しましたけど(笑)。
小嶋 あと、清水さんは人間ウォッチャーだったから、いまはご自分をウォッチしているのではないですか。違いますかね?
ちなみ そうかもしれないです。
セリフのない昭和の漫画『クリちゃん』を教材に
小嶋 そういえば、当時、大学院生の研究にも協力してもらいましたよね。昭和の昔に流行った『クリちゃん』という漫画を教材に使って「この漫画を見て説明してください」とお願いしたり。おかげさまで立派な論文ができましたよ。
タケシ なぜ『クリちゃん』を教材に使うんですか?
小嶋 『クリちゃん』はセリフのない4コマ漫画なんです。4コマ漫画というだけなら『アサッテ君』とかほかにもいろいろありますが、すべてセリフ付きです。もともとセリフの付いているそういう漫画のフキダシを消して絵だけにしてしまうと、どんな話かわからなくなってしまいますが、『クリちゃん』はフキダシがもともとない漫画なので、その絵が非常にニュアンスに富んでいて、セリフがなくても言いたいことがわかるんです。
『クリちゃん』は、微妙なちょっとした「ン?」という表情だとか、すごく面白いんですよ。とはいえ、あまりにも内容が昭和すぎて、今の患者さんには使えなくなってきているんですけどね(笑)。
ちなみ 『クリちゃん』の教材もまだ持っていますよ。
タケシ 『クリちゃん』は、音韻系だけじゃなくあらゆる患者さんに使えるんですか?
小嶋 あらゆるケースの上級コースの訓練に使われます。