泣いて馬謖を斬る──。安倍元総理が「雌伏の5年」で培った政局観とは。ジャーナリスト・岩田明子氏による「解散と人事『決断の瞬間』」(「文藝春秋」2023年2月号)の一部を転載します。

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 憲政史上最長を誇った第二次安倍政権だが、存続の危機に瀕した場面は何度もある。その一つが2017年10月の衆議院総選挙だった。

 森友・加計問題が燻り続け、「魔の二回生」議員たちの不祥事が相次ぐ状況で、内閣支持率も一時は30%台に急落していた。

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 9月25日の会見で、安倍は消費税の使途の見直しや、緊迫する北朝鮮情勢の対応を巡って国民に信を問うと表明。「この解散は『国難突破解散』です」と高らかに宣言し、衆院解散に踏み切った。だが、世間では政権延命のための「大義なき解散」と批判の声も上がっていた。

第2次政権発足時 ©時事通信社

 当時の安倍に立ちはだかった最大の壁は東京都知事・小池百合子だ。夏の都議選では小池率いる「都民ファーストの会」が圧勝。“小池劇場”が日本中を席巻し、安倍が会見したまさにその日、小池は「希望の党」を立ち上げ、国政に打って出たのだった。

「自民過半数割れ」「安倍退陣」「次は小池総理か!」などと謳う当時の報道からは、安倍が窮地に陥っていたように見える。また、安倍本人の携帯にも「大敗するから解散は撤回すべき」「二度目の政権交代になる」と反対するメールが殺到したという。かく言う私も自民党の勝算は決して高くないと見ていた。

 安倍が解散表明をした25日の夜、対面で取材する機会を得た。出会うなり安倍の落ち着き払った様子に私は面食らった。堂々とした表情を浮かべている。

「小池さんにこれだけ勢いがあって自民党内には不安視する声も多数聞かれますが、解散に踏み切った決断に後悔はないのですか?」

 そう聞くと、安倍はイチゴのショートケーキをほおばりながら、冷静な態度を崩さずにこう答えた。

「心配するような事態にはならないはずだ。私たちは正しいと思うことをしっかり伝え、実行すれば、国民に伝わるものだ」