死者に近い人ほど長いヴェールをかぶる
1989年1月9日、昭和天皇が亡くなられた翌々日、即位後朝見の儀で、美智子さまは黒のロングドレスにウエストまでの長いヴェールをつけられていた。ヴェールの縁とドレスの裾には、黒のサテンがあしらわれている。
日本の皇族のお召し物は明らかに英王室をお手本にしてきた。こうした黒い喪服のドレスがまさにそうで、女性の間に黒い喪服を流行らせるきっかけを作ったのはエリザベス女王の高祖母にあたるヴィクトリア女王(1819〜1901)だ。夫君アルバート殿下の葬儀で黒ずくめのロングドレスをお召しになった。
だが、ウエストまで届くほどの長さのヴェールというのは英国でも一般的ではない。死者に近い人ほど長いヴェールをかぶるというのは、ヨーロッパの習慣だが、これは美智子さまが創り出されたスタイルなのだ。喜久子さまが「あのかたの感性は一種独特なので」とおっしゃった理由がここにある。
美智子さまのデザイナーを長く務めた植田いつ子さんに、この喪服について聞いたことがある。美智子さまのファッションについてのリクエストを具現化したデザイナーだ。
「絹のロングをお作りしましたが、サテンの幅やヴェールの長さは、全体のシルエットのバランスで考えさせていただきました」
昭和天皇のご葬儀「陵所の儀」でも、美智子さまの帽子のヴェールは、頭から腰までを透けるオーガンジーで覆う独特のスタイルだった。いま写真で拝見すると、ヴェールのすその広がりとドレスのすその広がりがシンクロしていて、美しい。喪服姿の女性は美しい――。よくいわれることではあるが、数多い美智子さまスタイルの中でも傑作にあげられる。
喜久子さまの説明によれば、皇族が勢揃いするこういった場では、すべては皇后さまが最優先。皇后さまが選ばれる服のスタイル、色などと「かぶり」がないように、女官から女官へ伝令が回る習慣だという。喜久子さまも美智子さまを尊重した上で、儀式では「ローブ・モンタント」と呼ばれる襟の詰まった袖の長いロングドレスをお召しになった。