――SF的な要素とまではいえないかもしれませんが、昨日の記者会見でも質問されていましたが、本作の主な舞台となる李家鎮で、中国人の少年が過酷な修行を積み重ねて超人的な力を獲得しますよね。あれは……。
小川 義和団について調べるうちに、あれが当時の中国人にとってのリアリズムなんだと思ったんです。当時の中国の人々がどういうふうに世界をとらえていたか、というところからスタートすると、ああいう感じにならざるを得ないというか。鍛えて鉄砲を通さない肉体になるとか、呪術とか呪文とか魔術を使う、とか。それこそ莫言が書いた『白檀の刑』とかは、ああいう人が出てくるんです。
特に当時の義和団のシーンは、莫言の小説のようなものを書こうと意識していました。この小説は、それぞれの立場の視点で満洲という国を見るというのがミッションで、あれが当時の義和団のリアリズムだったので。
――考えてみたら『君のクイズ』もSF要素はないですよね。小川さんは、SFであろうとなかろうと、面白い小説を書くことに注力されているという印象です。
小川 「SFの人が一般文芸を書いている」みたいなものがもてはやされるフェーズはそろそろ終わりだと思っています。今後は、一般文芸を書いている人がどんどんSFを書いていくのをトレンドにしたいですね。
SFと歴史小説の共通点
――「作家の読書道」でインタビューした時、SF小説と歴史小説は似ていると思ったという話が面白かったです。
小川 SFも歴史小説も、現代とまったく違う価値観、ルール、文化、人々を書いていますよね。宇宙人について書くようなものだ、という点で一緒だと思います。実際、SF作家も歴史小説を書いている。冲方丁さん、宮内悠介さん、上田早夕里さんとか。でも、逆はあんまりいない気がするんです。僕が知らないだけだったら申し訳ないんですけれど。歴史小説家がSFを書いてくれると、すごく盛り上がるのに。
それで、川越宗一さんに会った時に、「SF書いてください」って言っておきました(笑)。「『吉里吉里人』みたいなのを書いてください」って。川越さんならいけんじゃないかな、と思ってるんですけれど。他にも書けそうな人はいますよね。
――いますね。小川さんは、SFは論理と理性に対する信頼感があるところが心地よい、とおっしゃっていましたよね。ご自身も理性的でありたいですか。
小川 自分もあまり感情的にならず、理性的に生きていきたいし、理性的な社会になってほしいけれど、とはいえみんな感情で動いちゃうものですよね。人間ってそんな完璧に理性的に生きることはできなくて、僕はそこに文学というか、小説の隙間があると思うんです。それこそ、賢い人たちが理性によって国家を作ろうとしたらそれが失敗する。ある意味、ポル・ポト政権やソビエトもそうだったりするわけで。