――去年はアンソロジー『異常論文』に収録された「SF作家の倒し方」で星雲賞日本短編部門も受賞されていますよね。実在のSF作家のお名前がばんばん出てくる内容で、あれは笑い転げながら読みました。
小川 星雲賞はもともとSFファンの悪ノリの賞なので、あの作品に与えられるのは文脈としては理にかなっているとは思うんですけれど、真面目に短篇を書いた人もいるし、というか僕もいつも真面目に短篇を書いているのに候補になっていなかったので……。真剣に書いている作家やSFのファンダムの方たちに怒られちゃうのかも、とは思いました。とはいえ、受賞したこと自体はとても嬉しかったです。
小説は建築に似ている
――『地図と拳』は前におうかがいした成り立ちをざっと言うと、ハヤカワSFコンテストで大賞を受賞したデビュー作『ユートロニカのこちら側』で「既視感がある」という感想を見かけ、ならば全然既視感がないものを書こうということでカンボジアが舞台の『ゲームの王国』を書き、そうしたら編集者から「満洲の大同都邑計画を書きませんか」という依頼がきたという。それまで満洲について特に調べたりもしていなかったそうですね。
小川 そうですね。知識もなかったです。満洲という国に対する僕のイメージは、傀儡国家というか日本人が人工的に作った国家で、国家自体がひとつの建築みたいなものでした。それで、満洲と建築がすごく筋がいい組み合わせだなと思って。
そもそも僕は小説って建築に似てるよなと思っていたんです。家を建てて人をもてなすのと同じように、小説も空間を作るものである。僕が小説について考えていることは、建築について考えることに繋がっているかもしれないし、その建築というのは満洲という国家のメタファーでもあるので、建築という軸で通して書けるな、という感覚がありました。
――でも建築する際って、事前に綿密な設計図を書くものですよね。小川さんは小説を書く時、設計図、つまりプロットを立てずに書き始めるそうですが。
小川 そうですね。僕の場合、設計図を書くと、どこかで見たことのある建築になっちゃう気がしていて。適当に柱をポンポンと投げて、刺さったところから始めるんです。「うん、この刺さり方いいな」とか「この柱、要らないな」とか。そうやってある程度、その場の天気とか空気とか自分の調子とかに合わせていくと、だんだん全体像が見えてくる。そういう書き方のほうが、自分としては楽しいです。
“最低限の知識”で書き始めた
――事前にある程度の知識は頭に入れておくんですか。
小川 最低限の知識で書き始めることが多いですね。満洲で言うと、通史みたいなものを4~5冊読んだくらいです。で、中国東北部に取材に行って、書き始めました。大枠だけつかんでおいて、あとは基本的に書いてみてわからないことを調べるほうがやりやすいんです。僕は研究者だったのでその感覚を知っているんですが、文献って、必要な情報を探すのは簡単なんですよ。「なんかないかな」とか「知らないことあったら勉強しないとな」みたいな感じで読み始めると、すごく大変なんですよね。なので4~5冊読んで書き始めたら、すぐにわからないことだらけになって、参考文献がどんどん増えちゃったという感じです。
――雑誌連載を始める際、タイトルを決めますよね。「建築と戦争」だと新書のようなタイトルになってしまうから「建築」を「地図」に、「戦争」を「拳」に替えたわけですよね。「地図」というイメージはすでにあったのですか。
小川 いや、ないです。地図が話に出てくるともまったく思っていませんでした。他にも候補をいろいろ考えて編集3人と話し合ううちに「地図、いいですね」となりました。書き進めながら「地図ってどういうことだろうな」と考える時間がどんどん増えていって、それでこういう話になりました。だから、あの時「地図」ではない言葉を選んでいたら、まったく別の話になっていたかもしれないです。それはそれで、この本よりもっと面白くなったかもしれません。