「歴史とは過去」の事柄を扱う。現代史といっても今日のことは取り上げないだろう。しかし過去を上から目線で冷静に眺め切れ裁定仕切れると思ったところから歴史家の堕落が始まる。歴史家は「現に生きてゐる人と会ふやうに、史上の人物とつきあはねばならぬ」。亀井にとっての付き合うとは伊達や酔狂を超えた言葉だ。亀井は言う。「『つきあふ』とは生死に関する問ひを発することである。かうして現在の自己との密着点を確認したいといふ欲求があるやうに思ふ」。現代の人間も過去の人間もいつだってギリギリで生きている。生きるか死ぬかだ。「生死に関する」瀬戸際に居るのだ。歴史を学ぶとは同じ瀬戸際同士の人間が時を超えて対話して付き合うということだ。それが「現在の自己との密着点を確認」するということの意味だ。亀井は特筆大書する。歴史家は常に危機を実感している人でなければならない。なぜなら人間の世の中にはいつだって安心安全はないからだ。永遠の危機があるだけだ。したがって歴史家もまた危機の渦中にあって「自分自身が大きな迷ひを抱いてゐなければならない」。その意味で歴史家の著作は「文学作品と同様」でなければならない。
ところが『昭和史』の著者たちは? 人間誰しもを資本家や労働者といった階級に還元してのっぺらぼうにしてしまう。そこにマルクス主義的模範解答が付いている。正義も悪も決まっている。悩みも苦しみも迷いもない。だから『昭和史』は本当の昭和史ではない。著者たちもまた歴史家とは呼べないのではないか。いつもこの世を瀬戸際だと思っている亀井ならではの痛切な問いであった。大論争を巻き起こした。
よき総合雑誌は心配している
そう、人間は生きている。個々に生活がある。そして、チェーホフの『三人姉妹』の幕切れの台詞ではないが、どんなに苦しくても生きていかなければならない。安楽に何の心配もなく生きている人は恐らくこの世にはいない。何かしらの暗い影に脅かされているのが人間だ。誰もが生きる心配をしている。悩みを抱えている。怖がっている。死ぬかもしれないと心配する。よい医者は居ないか、薬はないかと、もっと心配する。これぞ人だ。人間の本性は心配にある。いつも心配なのだ。『昭和史』の言うような正答なんて本当はありはしない。だから心配は決して収まらない。生きた人間を感じるとは、心配を感じることなのだ。生きた人間が飛び出して来るとは、悩みの絶えず、正答に安住できず、安心に至れない人間がここにいるのだと、実感させてくれることなのだ。
およそ文学は心配の表現であり、政治も経済も社会も教育も国際関係も、常に心配ばかりである。したがって、よき総合雑誌はよく心配している雑誌に違いない。誰かが、人間の生活と乖離した、地に足の着いていない議論で人々を惑わそうとしていないか。いつも生きるための心配をしているのが当たり前なのに、「こうすれば永遠に心配は無くなりますよ」という蠱惑的だがとんでもないデマを発している輩はいないか。そもそも現実そのものが、地面から浮き上がって、心配すべきことを忘れようとしてはいまいか。心配し、警告を発する。いつも危機なのだという認識を促す。そういう頁がわんさとなければならない。憂い顔の人間が中にひしめいていなければならない。それが真の総合雑誌というものであり、『文藝春秋』がよく具現するものであろう。