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「ぴょんぴょんってクマが出てきた」

 本州でのクマ撃ちは、グループでの「巻き狩り」が基本となる。これは獲物が通りそうな場所に撃ち手を配しておき、そこへ向かって「勢子(せこ)」役が声をあげて獲物を追い立てていく猟だ。このとき新井たち3人は群馬県の藤原ダム付近の山でクマの痕跡を見つけ、新井は“撃ち手”として山の頂上で構えた。やがて、勢子に追い立てられて谷を隔てた向こうの山の稜線に“黒い点”が現れた。

「ぴょんぴょんってクマが出てきた。今でこそスコープは25倍とか30倍とかあるけど、当時はやっと10倍だからね。それで狙っても見えねえわけじゃ」

 だがグズグズしていると、クマは山を越えていってしまう。ここから狙うしかない。

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写真はイメージ ©AFLO

「撃つときは心臓止めろ」の意味

 頼りになるのは長年の経験に基づく勘しかない。ロングレンジの射撃の難しさは、銃弾が獲物に達するまでの時間が長くなればなるほど、引力や空気抵抗などに晒される時間も長くなり、弾道の変化の幅が大きくなる点にある。平地であれば、弾道は引力の影響で基本的に下がるので、その「落下分」を見越して狙えばいいのだがーー。

「山の上では空気も薄くなるわね。気圧が下がるから空気抵抗が少なくなって、銃弾は平地よりも、『落ちない』。そのあたりの難しさは、カンピューターで調整するわけさ」

 それだけではない。心臓の鼓動までも「調整」する必要があるという。

「距離が300メートルも離れれば、もし30倍のスコープがあったとしても、心臓がドンドンと鼓動するだけでスコープがブレて、獲物が外れちゃう。だから『撃つときは心臓止めろ』と言われるんだ。まあ、これは慣れるまでちょっと時間かかるけどね」

 このときも新井が「心臓を止めて」放った銃弾は、見事に命中した。後で2万5000分の1の地図で測ると約600メートル。体長約1メートル50センチ、体重約150キロのオスのツキノワグマだった。