文春オンライン

「女性人気は出るだろうけれど…」男は笑わない? チャラけて見えていたパンサー向井が“才能開花”したきっかけ

『東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年』より#1

2023/02/23
note

 30年近く若手芸人のライブシーンで活動している作家・山田ナビスコさん。1994年に吉本興業が運営する銀座7丁目劇場の座付き作家になって以降、極楽とんぼ、ロンブー、ピース、渡辺直美、ニューヨークなど数多くの芸人を見守ってきた。

 ここではそんな山田さんが自身のキャリアや芸人裏話をまとめた『東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年』(宝島社)より、文春オンライン編集部が一部を抜粋。芸人にとって「自分に見合った」お笑いとは一体なんなのか――。今や引っ張りだこの人気芸人、パンサー・向井慧さんとのエピソードも紹介する。(全2回の1回目/後編を読む

パンサー・向井慧さん ©文藝春秋

◆◆◆

ADVERTISEMENT

ダウンタウン病 ~笑いと暴力~

 人は笑うことは好きです。しかし、「お笑い」はそこまで好きではありません。

 これはかなり重要なことで、お笑いに関わる人は肝に銘じるべきだと思っています。人はただ笑いたいだけであって、芸人がそのネタをどのようにつくったかという背景までは、よほどのファンでない限り考えません。

 芸人は異常です。笑わせることに人生を賭ける。まだ世に出ていない若手芸人は売れるために人よりおもしろいことをやろうとする。時にそれは先鋭化していき、独りよがりになります。若手の多くはネタのどこかにエッジをかけて「オレたちのセンスはコレ!」と見せびらかしてきます。

「ダウンタウン病」という言葉がありました。ダウンタウンさんに影響を受けた芸人がダウンタウンさんのような行動をとることです。松本さんは『遺書』の中で、自分の芸を「発想」だと言いました。それに追随した芸人たちは同じ土俵で勝負を仕掛けていくことになります。

 やっかいなのが「世界観」という言葉です。映画やマンガならば時間をかけて描くことはできる。しかし、若手芸人に与えられるのは何もない舞台一つのみ。与えられた時間は数分です。それで独自の世界観を表現するなんて至難の業です。

 そもそも20代そこそこの世界観なんてたかが知れています。生まれ育った家庭や環境、学生時代の経験、見てきたテレビや読んできた本などから再構築するしかないわけです。もちろん早熟な天才は少なからずいます。そして、若者の多くは自分こそがその選ばれた天才だと思い込んでいます。

 さらに松本さんは、ファミリー層は切り捨て、自分たちの笑いがわかる世代だけに向けてネタをつくると発言しました。当時の若手たちもそれに追随したのです。そのため「自分の笑いがわからない客がバカ」という発想になっていったのです。それを熱烈に支持するファンがいる。芸人とそのファンだけが世界観を共有する。それがわからない周りは全員バカという考え方です。芸人もお客もニッチなほうに進むという悪循環が生まれていきました。この時代はお客同士の対立もすごかったのです。

 自分は「それはおかしい!」と思ったのです。そんなものはあきらかに演者側のエゴです。笑いの押し付けは「暴力」だと思うのです。そのためにかなり多くの芸人ともめてきました。世界観なんて売れてからやってくれ。「自分たちが何者でもない」ということを自覚することがスタートであるべきだと。

 時代は令和。にもかかわらず一方的に世界観を押し付ける若手は今でも少なからずいるのです……。お笑い界の難病です。

関連記事