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実に人間臭くもある「地球温暖化問題」

『地球を「売り物」にする人たち 異常気象がもたらす不都合な「現実」』 (マッケンジー・ファンク 著/柴田裕之 訳)

2016/06/06

「鶏や豚の糞が排出権になるんですよ」

 以前、JETRO(日本貿易振興機構)の人に聞かされた言葉である。鶏や豚の糞から出る温室効果ガスであるメタンを大気中に放出せずに、発電などに使えば、その分の排出権(お金)がもらえるというのだ。

 シュールな言葉に刺激されて調べてみると、地球温暖化問題は、各国の利害と、国連官僚の思惑と、企業の金儲けへの野心が渦巻く、実に人間臭い世界だった。

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 本書は、米国人のルポライターが、地球温暖化を逆手に取ってビジネスをする人々の姿を描いたものである。北極圏での石油・ガス争奪戦、保険会社に雇われたロサンゼルスの民間消防隊、イスラエルの人工雪製造会社など、様々な職種の人々が登場し、やはり人間臭さがぷんぷん漂っている。

 著者は、六年間をかけて北極圏からインドやアフリカに至るまで出かけている。本書では、現地の様子や取材対象者の一風変わった人柄などを事細かに描写しているので、一種の旅行記としても読める。個人的には、興味があってもなかなか訪れることができない南スーダンで、農業用の土地を買い漁る元ウォール街の米国人トレーダーの仕事ぶりや、セネガルで砂漠拡大を防止するための植林を行う日本の「崇教真光」の人々の様子などが面白かった。

 地球温暖化対策の主要なツールである排出権取引はきわめて胡散臭い代物ではないかと前々から感じていたが、本書にもそれを裏付けるような聞き捨てならないことが書かれている。ウオッカと引き換えにウクライナで農地を手に入れる商売をやっているニューヨークの投資銀行家は、かつてヨーロッパの電力会社が排出量を大幅に過剰申請し、余剰分を売って何億ドルも儲けるのを手伝ったと匿名で告白している。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の地球温暖化に関する報告書の執筆者の一人でもあるバングラデシュ人の環境保護専門家は、排出権取引で大儲けしたのは温室効果ガスを大量に排出している中国とインドで、これは腐敗した制度であると憤る。

 昨年十二月、COP21で、「パリ協定」が採択され、百九十六の全参加国・地域が温室効果ガス削減の自主目標を申告し、対策に取り組むことになった。

 しかし、本書に登場するロイヤル・ダッチ・シェルのシナリオ・プランナー(将来予測担当者)は、温暖化問題は先進国と途上国の間でイデオロギー上の議論の泥沼にはまり込む可能性が高いと予測しているという。その場合、勝者となるのは、本書で描かれている人々というわけだ。

McKenzie Funk/アメリカ・オレゴン州生まれ。スワスモア大学で学びジャーナリストに。環境問題を中心に一流雑誌へ寄稿している。地球温暖化ビジネスを追いかけ24カ国をめぐって書上げた本書は彼の第一作で、アメリカ各紙誌の書評で取上げられた。

くろきりょう/1957年北海道生まれ。早稲田大学卒業。邦銀や商社財務部等を経て作家に。著書に『排出権商人』『ザ・原発所長』等。

地球を「売り物」にする人たち――異常気象がもたらす不都合な「現実」

マッケンジー・ファンク (著), 柴田 裕之 (翻訳)

ダイヤモンド社
2016年3月11日 発売

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実に人間臭くもある「地球温暖化問題」

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