「包丁で脅すのをやめたい……」
「お母さんは、どうしたいですか?」
日奈子「包丁で脅すのをやめたい……」
「それは、なぜ?」
日奈子「娘にとってよいはずありませんから」
「宿題をやらなくても?」
日奈子「宿題はやってほしいけど……」
「宿題をやらない理由は別のところにありそうなので、それとは切り離して考えましょうか」
日奈子「そうなんですね」
「脅すのをやめるか、宿題をしなくなるか、どちらか一つだけを選ぶとしたら、今のお母さんはどちらになりますか?」
日奈子「それはもう、脅すのをやめたいです」
このカウンセリングのあと、母親の依頼を受け、亜香里さんの通う学校に電話をかけ、私と先生たちとの面談予約をとりました。
こういうときに私は、担任、学年主任、教務主任、教頭など、児童に関係するなるべく多くの人に集まってほしいと要請することにしています。多くの先生に共有してもらうことでチームとして取り組んでもらえることに期待してのことですが、様々な先生がいる中、担任1人だけでは心もとない場合があるというのも本音です。
学校側と話し合い、必要に応じて連絡を取り合うことに
翌週の話し合いには4人の先生に加わってもらえました。母親から「包丁のことは伏せてほしい」と頼まれていたので、家庭で大変なことが起きていること、亜香里さんの成長のために今は宿題を出せなくても受け入れるべきこと、などを説明しました。
こういうときに決まって出てくる質問に「他の生徒の手前、特別扱いはどうしたらいいでしょう?」というものがあります。しかしこれを特別扱いとみなすのは正しくなく、個の理解が進んだことにより、それに則した柔軟な教育的配慮を行うものだと解すべきなのです。
「クラス全体では今までと同じようにしていただいて構いません。少なくとも亜香里さんに対しては、期待通りにしなくても咎めたり、母親に指導を促したりしないでください」
私のほうで家族への心理的な支援を継続し、必要に応じて学校と連絡を取り合うことを確認して、この話し合いは終わりました。ほとんどの学校で、丁寧に説明することによって個別対応への協力が得られると感じています。
さて母親ですが、秘密の告白をし、安心が得られたためか、初回カウンセリングの日の夜から虐待(包丁を使った脅し)はなくなりました。そして次のカウンセリングから、自分の幼少期のエピソードを語るようになりました。
日奈子「私の母は、しつけのために包丁を持ち出す人でした。私が言うことをきかないと、私に向けたり、母親自身の腕を切ったりして……」