患者の家族から「先生には期待してますのよ」
訪問診療では少し毛色の違うこんな話もある。多系統萎縮という、徐々に筋肉が硬くなり体を動かせなくなる病気の方の口腔リハビリテーションに伺った時のことだ。
その患者さんは下半身だけでなく上体を動かすことも難しく、顔をわずかに動かせるのみ。すでに嚥下障害がひどく、飲み込み困難でドクターストップがかかっていた。正直、今さらリハビリをしたところで食べられるようには到底ならない状態だ。にもかかわらず、ご家族もご本人もリハビリを受ければ食べられるようになると信じて疑わないのだ。
歯科のリハビリというのは、医科的な病気が原因で経口摂取できなくなった方が急に食べられるようになるものではなく、筋力低下の進行を少しでも緩和させて現状維持できるよう努めるものである。決して魔法の手技ではないのだ。さすがに食べられるようになるまでの回復は難しいと何度も説明したが、一切の聞く耳を持ってもらえなかった。
なぜかピアノを弾き始めたご家族の横で、私は効果の薄い口腔リハビリを懸命に行った。非常に気の重い空間だった。「先生には期待してますのよ。バイオリンも聴いていかれますか?」というおそらく歯科医師人生でその時しか聞く機会のないだろうお声がけまでされてしまった。そして私の思いとは裏腹に、バイオリンの演奏がスタートした。
定期的なチェックをしていれば、歯科治療は決して怖くない
ここまでそれぞれ異なる3症例をざっとお話ししたが、とどのつまり口腔内の病気というのはいずれも進行性のものが多く、我慢していれば自然治癒するようなものではない。早期発見・早期治療が何より大切で、一度しっかり完治させることが必要なのだ。
どのような症例であれ、先延ばしにしたり途中で止めてしまうことは、将来的に噛み合わせが崩壊し、それにより顎が痛くなってしまったり、顔貌も変わってしまったり、肩こりが出てしまったりなど、全身的にも“ヤバい“状態へと繋がってしまう。
虫歯の治療や歯周病の治療は初期の段階であれば麻酔も必要なくその日のうちに終わってしまう。定期的なチェックをしていれば歯科治療は決して怖いものではない。どうか勇気を出して一度歯科を受診してみてほしい。
この記事が歯科に対するネガティブなイメージを払拭する一助となれば幸いだ。