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滋さんは気持ちを押し殺して

 第一回日朝首脳会談の際に、北朝鮮側から拉致被害者は「八人死亡、五人生存」との報告があり、横田めぐみさんも死亡者に含まれていた。当時、めぐみさんの父滋さんは会見で涙をこらえながら「死亡を必ずしも信じることができない」と語り、母早紀江さんも「まだ生きていることを信じて戦い続ける」と悲痛の想いを明かしている。安倍には、当時の忘れられない光景があった。

「拉致被害者5人が帰国して、私たちが出迎えたとき、滋さんは拉致被害者やその家族の様子を写真に収めるべく、ひたすらカメラのシャッターを切っていた。自分の娘は死んだと北朝鮮から突き付けられ、辛いだろうに、その気持ちを押し殺して……。私も胸に想いが込み上げて、涙が出てきたよ」

帰国した拉致被害者 ©時事通信社

 日朝首脳会談を機に北朝鮮は拉致被害者の調査を行っており、8人の死亡の経緯をまとめ、日本側に報告書を渡している。そこではめぐみさんについて「93年に鬱病を発症し、入院した平壌の病院で自殺に及んだ」と記されていた。

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 だが、02年当時からこのような北朝鮮の説明にはあまりに不審な点が多く、「めぐみさん自殺」の情報も根拠に乏しいものだった。日本政府としては、北朝鮮に再調査を求める必要があった。

 2004年の5月22日に小泉は再び訪朝し、第二回日朝首脳会談に臨んでいる。幹事長の立場にあった安倍は同行していない。ただ、その頃の安倍は「今の時点で総理が訪朝するのは賛成しがたい。行方不明者の中には必ず生存者がいるのに、会談をすれば、北朝鮮が幕引きを図ることになる」と話していた。小泉の訪朝が目前に迫る5月10日に、私が安倍と面会した際にも、こんな考えを明かしていた。

「決して『めぐみさんが死んだ』と言われないようにしなければならない。それに(北朝鮮が死亡したと主張する)8人全員の帰国と、残りの行方不明者の安否の確認も徹底的に求めるべきで、この姿勢を断固として崩してはならない」

 あくまでも生存者全員の帰国を前提に交渉を粘り強く続ける、これが安倍の終生変わらぬ拉致問題へのスタンスだったと言える。

ジャーナリスト・岩田明子氏による「安倍晋三秘録 第6回 金正日・正恩との対決」の全文は、月刊「文藝春秋」2023年3月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

文藝春秋

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金正日・正恩との対決