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「ひとつ、早く終わるやつでお願いします」

 いま西村賢太さんは石川県七尾市の西光寺に眠っている。師と仰ぐ作家の藤澤清造の隣に生前墓を建てたことは有名だろう。西村さんは、清造の祥月命日、1月29日の「清造忌」は欠かさず、それ以外の月命日にもできるかぎり西光寺に足を運んだ。ご住職によれば、西村さんが清造の法要を営んだのはざっと200回以上。

 雪深い能登の厳寒期にも、本堂にひとり座布団も敷かずに正座して背筋を伸ばして読経を聞き続けたというから、並たいていではない。住職とは法事の開始を17時と約束しておきながら、自身の到着の遅れで結句18時過ぎに始めざるをえなくなるなど、法要にはたびたび大遅刻したが、これとて、藤澤清造の墓だけでなく清造の両親らが納まる藤澤家代々の墓の掃苔をしていたためだった。

苦役列車で芥川賞候補になったときに提出した写真

 かくも敬虔な西村さんだが、コロナ禍には抗えなかった。飲食店アルコールの提供が20時までとなるや、法要前も気もそぞろで、ご住職に「今日のお経は、ひとつ、早く終わるやつでお願いします」とのたまうのであった。

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シン・賢太スペシャル

 イメージ通り大食漢だったが、ただの大食いではない、こだわり抜いた独自のスタイルがあった。カニ料理屋ではケチと思われないようにコースにかならずオプションを付けたし、常連の焼き肉店では頼むメニューが毎回一品も違わなかった。俗に“賢太スペシャル”と呼ぶ。

贈呈式で石原慎太郎さんと Ⓒ文藝春秋

 席について店員が現れるやいなや、身にしみついたいつもの注文をお経のように諳んじる。晩年は体調不良が続き、“賢太スペシャル”にまさかの一品が新規加入した。「焼き野菜」だ。医者に野菜を摂りなさいと言われたのだという。ただ、そこは西村さん、頼んだ野菜をロースターに乗っけはするが手は付けなかった。

 緑茶ハイが進むとともに、好物のトウモロコシを除いて炭化していく哀れな野菜……。ところで西村さん、トウモロコシって糖尿病に良いんでしたっけ?