「正直、コロナ禍は苦しいと思わなかった」。東京都から1300万円の時短営業の協力金をもらい、店の売上も好調だった焼き肉店オーナー。そんな“ぬるま湯”のような環境も、近隣に焼き肉チェーンができることで、次第に過酷さを増していく……。

 1年4ヵ月で店舗売却を決めたオーナーのエピソードを、日経ビジネス記者の鷲尾龍一氏の新刊『外食を救うのは誰か』より一部抜粋してお届けする。(全3回の2回目/#1#3を読む)

最初は好調だった焼肉店経営が、あっという間に苦境に追いやられた理由とは?(写真:アフロ)

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東京都からの協力金は1300万円…それでも売却を決めた理由

「店は続けたかったが、会社員に戻った方が収入はいい」

 新型コロナウイルスの感染が国内でも拡大してから2年ほどたった2022年4月、東京都調布市で焼肉店を経営していた男性は店舗の売却を決断した。新型コロナ対策の「まん延防止等重点措置」が3月下旬に解除された直後のことだ。

 東京都からの営業時間の短縮要請がなくなり、ようやく外食店が制限なしで営業できるようになった。一方で、短縮要請に応じた外食店に支給されてきた協力金の終了を意味する。それが、男性が店舗売却を決める理由の一つとなった。

 焼肉店を開業したのは2020年12月だった。もともと外食店経営に興味を持っていたこの男性は、店舗の物件を十数件も内見した上で、家賃が安く、周囲に住宅が多い路面店を選んだ。外食店での新型コロナ感染を警戒する消費者が多く、換気しやすい店舗が好まれていた時期だ。ここで焼肉店を開けば「安心・安全」を意識する近隣のファミリー層を取り込めるのではないか。そんな思いからの決断だった。

 東京都からの営業時間短縮の要請に全面的に協力したのは開業当初からだ。端から見れば前途多難な船出に思えるが、実態はそうではなかったという。「協力金で潤う小型店の典型だった」。男性は淡々と振り返る。

 どういうことか。家賃が安いことが奏功し、時短営業の協力金と営業時の売り上げを合わせると、収支が十分なプラスになっていたのだ。都からの協力金は累計で1300万円超に上った。男性は「正直、コロナ禍は苦しいと思わなかった」と話す。