実は進学校出身…仕事仲間が語る「伝説」
奇跡の生還と『沈黙』の抜擢は、窪塚洋介の伝説、神話性をさらに強めた。2021年に公開された映画『ファーストラヴ』で共演した北川景子が「中村倫也さんと楽屋で『窪塚さんはカリスマ、緊張するね』と話していた。私たち世代からするともう……」と語り、中村倫也が「オファーをもらった時、(共演が窪塚と知って)断ろうかと思ったほど畏れ多い。左が見れない」と舞台挨拶で語ったのは、彼らの世代に与えた窪塚洋介の影響の大きさを正直に告白した言葉なのだろう。
その影響力と交友は俳優界を超えて、降谷建志や野田洋次郎ら音楽界にも及ぶ。
だが、牧賢治監督は『Sin Clock』で、窪塚洋介をカリスマのイメージをなぞって撮ることを避けている。むしろ、葵揚、坂口涼太郎、Jin Doggら(中でも素晴らしいのが本業はhiphopアーティストであるこのJin Doggで、この映画は窪塚洋介久々の主演作であるだけではなく、Jin Doggという新たなノワール俳優をデビューさせた映画としても記憶されることになるだろう)関西出身の俳優たちが捲し立てる強烈な関西弁の洪水に対して、他の仲間のように特殊能力も前歴も持たず、ただ翻弄されながら苦闘する40代のタクシー運転手の役に窪塚洋介を置いている。
窪塚洋介がこれほど凡庸な人間の役を演じるのは、もしかしたら初めてかも知れない。『池袋ウエストゲートパーク(IWGP)』の不良少年たちのカリスマ、安藤崇・キングを演じた時も、『GO』で孤独な在日朝鮮人の高校生の躍動を演じた時も、それらの人物が非凡な存在であることを一瞬で誰もが納得する輝きを窪塚洋介は持っていた。
あえて言えば、それは窪塚洋介が本当に非凡な人物だからだ。2021年放送の鼎談番組『ボクらの時代』で『IWGP』の演出を担当した堤幸彦監督は、あの日本中を虜にした「キング」の人物造形が、当時まだ二十歳そこそこの窪塚洋介が、監督のプランを押しのけて提案したほぼ自己演出の演技であったことを明かしている。
神奈川県公立偏差値のトップ10に入る横須賀高校の出身でありながら、無軌道な不良少年のように自由に振る舞い、それでいて誰もが驚く結果を残す窪塚洋介は、演じたキャラクターとイメージを重ねて「天才型俳優」として伝説化していった。
「窪塚伝説」は裏返すことができるのか
だがその膨らむ神格化と過剰なストーリーは、俳優としての窪塚に過剰な意味を持たせ、使いにくくもさせていたと思う。北川景子や中村倫也のようなトップスターさえ緊張し身構える俳優を、おいそれと脇役に配置すれば主演が喰われかねない、と敬遠されることもあるだろう。
牧賢治監督は『Sin Clock』で、膨らみすぎた「窪塚伝説」を裏返すように、凡人としての窪塚洋介にカメラを向ける。現実に翻弄され、時には逆上して事故を起こして仕事を失い、離婚を経験しながら、なんとか人生を立て直そうともがく40歳のタクシー運転手、高木シンジ。
窪塚洋介は、主人公の小心さ、戸惑い、そして後輩への温かい人情味を、人間的に繊細に演じていく。これまで何度も演じた非凡でエキセントリックな天才が窪塚洋介の一面であるのと同じように、人生にもがく凡庸な男もまた窪塚洋介の別の真実なのだろう。