窪塚の寝坊による遅刻に…井浦新が発した名言
『Sin Clock』のパンフレットには、実は井浦新がインタビューという形で寄稿している。トップ俳優が出演してもいない作品に、一言コメントではなく1ページをまるまる埋めるインタビューを寄せるのは異例だ。
そして、「窪塚洋介が太陽だとするなら自分は月だ。だが長い俳優生活では彼が月を演じ、自分が太陽を演じなくてはならないこともある」と語るそのインタビューは、どんな評論家よりも的確に『Sin Clock』という映画の意味をとらえた映画論であり、窪塚洋介論になっている。
今から10年前、2013年のことだ。井浦新と共演した『ジ、エクストリーム、スキヤキ』の記者会見に、窪塚洋介が寝坊し、遅刻したことがあった。当時の記事は「窪塚また奇行、お騒がせ」と苦笑混じりのトーンで報じているが、窪塚洋介を待つ間に井浦新が静かに発したある一言の意味について書かれている記事は少ない。
「ヒーローは遅れてくるものなので」
窪塚洋介のいない会場で、井浦新がざわめくメディアを鎮めるようにそうつぶやく動画が今も残っている。
それが井浦新と窪塚洋介の共演作『ピンポン』を引用した言葉であることは、ファンにはすぐに分かることだと思う。松本大洋の原作が描く、ヒーローを名乗る無軌道な天才型少年ペコと理論型の少年スマイルの友情の物語は、今振り返ればまるで窪塚洋介と井浦新の俳優人生を予言しているかのようにも見える。
俳優としてドラマにも日本映画界にも確実な信頼を築き、慎重に抑制された言葉で社会的発言もする井浦新から見れば、危うい言動を繰り返し、記者会見に遅刻までする窪塚洋介は本来、ふざけるなと席を蹴ってもおかしくない相手だ。
だが記者会見で不快な顔も見せずに、「おっ、ヒーロー見参」と遅刻した窪塚を迎えた井浦新は、その後も窪塚洋介の息子である窪塚愛流と共演してツーショットを上げ、最近も窪塚本人と会食するなど、不思議な親交を続けている。
再び復活しつつあるヒーロー
「先生はヒーローを信じますか?」
『ピンポン』の中で、井浦新が演じたスマイルはそう問いかけながら、正反対の性格を持つ親友であるペコが、いつか挫折から復帰して自分の前に立つ時を信じて待つ。それは理性と感情、逸脱と秩序、自由と現実の寓話として描かれた物語だ。
窪塚洋介は今、日本映画界に遅れて再び復活しつつある。今作『Sin Clock』で見せた別の一面は俳優としての評価をさらに高め、新しい機会を開くだろう。
未来は分からない。不寛容になり続ける社会は、窪塚洋介のような俳優にとって、細くなるロープの上を歩くようなものかも知れない。
だがその道をもし転落することなく歩き続けるなら、10年前に窪塚洋介のいない記者会見場で井浦新が静かにつぶやいた言葉の通り、日本映画のヒーローは遅れて、復活を遂げることになるだろう。