「チャンスが来たからやってみる」精神
――昨年4月に会社で昇進し、管理職になったそうですね。また、仕事で必要な資格試験の勉強中とも聞きました。漫画家デビューしても、会社員の仕事をセーブするわけではないんですね。
ピエール手塚 正直あまり昇進はしたくなかったんですが(笑)、そこも「チャンスが来たならやってみるか」の精神です。
――手塚さんの「チャンスが来たからやってみる」精神は何かルーツがあるのでしょうか?
ピエール手塚 今はだいぶマシになったんですが、もともと僕はすごく引っ込み思案で、若いときは何が起きても全部泣き寝入りするような性格でした。でも研究職だった頃、海外の会合にひとりで放り込まれる場面が結構あったんですよ。誰も頼りにできず、必死になんとか頑張っていると、自分のできる範囲が徐々に広がっていって、結果的にいろんなことが大丈夫になっていきました。
これは漫画においても同じで、「同人誌を1冊作ったなら、2冊目も作れるだろう。同人誌を何冊か作ったなら、商業連載もできるだろう」という考えで、ここまで来ました。管理職を引き受けたのも、「自分には向いていないからこそ一度やってみるか」と思ったからです。会社勤めをはじめ、やりたくないことを仕方なくやるのを繰り返していたら、なんとなくまともな人間になれました。そういう実感を漫画に反映させてもいます。
――『ゴクシンカ』は、平凡なサラリーマンの手塚冷士がヤクザに勧誘されるところから始まる物語ですよね。
ピエール手塚 僕、『エアマスター』という漫画が好きなんですが、その中でも“深道クエスト”のエピソードが大好きなんです。それまでの戦いの敗残兵たちがなんとかラスボスに立ち向かうストーリーなんですが、落ち込んでいるときとか仕事がヤバいときに読むと元気になれる。そういう物語が自分なりに作れないかと考えて生まれたのが、『ゴクシンカ』です。
あの主人公は僕の分身で、「注文したしらす丼が明らかに忘れられているのに言い出せない」とかも実体験(笑)。自分の気持ちを言えずに日々傷ついている引っ込み思案な人って世の中にたくさんいると思うんですが、僕は「大丈夫だよ」って伝えたいです。
「いろいろ経験を重ねていけば、世の中でなんとかやっていける」ってことを言ってあげたいし、そういう人が元気になれるような物語を作りたい。それが『ゴクシンカ』を描く上でのモチベーションになっています。