國分 先ほど、大きな範囲では民主主義は難しいとおっしゃっていましたね。僕はイギリスで一年ほど暮らしたときに、地域政党がけっこうあるのが面白いと思ったんです。ウェールズとかスコットランドとか、地域政党ってその地域のことを第一に考えるから、自動的に社会民主主義的になっていくんですよね。だけど国家を代表するとなると、GDPとか国家全体の数値を上げようとするから、いまの資本主義だと国民はむしろ邪魔で、資本だけあればいいみたいな発想になってしまう。国民は邪魔者だから、社会保障はいらないだろうとか。
ブレイディ 経済もトップダウンでトリクルダウンさせておけばいいんだってね。
國分 いまの資本主義は、国家にとって国民が一番邪魔という笑えない状況を作り出しつつあります。でも、地域に根差している政党はその歯止めになるんじゃないか。ただ、日本にある地域政党は問題含みと言わざるを得ないので、イギリスで地域政党が果たしている役割をそのまま日本に当てはめることはできません。とはいえヒントにはなる。現状の国家規模の議会制民主主義でもまだまだできることはあることを僕はイギリスの政治から教わった感じがするんです。
国家が旗を振るのではなく、コミュニティの中から
ブレイディ 思い出してみると、私たちは二〇一七年に出した『保育園を呼ぶ声が聞こえる』という鼎談本でこういう話をしていましたね。この本では、日本の保育園や教育について、イギリスのこういうところから学べるんじゃないかという話を色々しました。そして、教育って、どうしたって政治につながっていくけれども、教育と地域は密接に結びついているから、変えていくとしたら「やっぱり地域からだよね」って話になりました。教育という分野に限らず、地域から何かを変えていける可能性が大いにあるという話はあのときから出ていたなと、國分さんの話を聞きながら思い出しました。
國分 そうなんですよ。地域は本当に大きなポイントです。でも日本の駄目なところは、地域が大事だということを国家が旗を振って、中央省庁で何とかやろうとするところです。
ブレイディ ああ。アナキズムじゃない。
國分 学校をコミュニティスクールにするというのも、上から押し付けのコミュニティ主義なんです。国家には国家規模で何が必要かを考えてやってもらわないといけない。コミュニティの実践は、コミュニティのなかで立ち上がっていかないとうまくいかないんですよね。
ブレイディ 上からやれということじゃないですもんね。足元の地域社会からアナキズムやコナトゥスが立ち上がらないと。
構成・斎藤哲也
〔本稿は「文藝春秋100周年オンライン・フェス」にて2022年12月9日に行われた対談を再録したものです〕
▽プロフィール
國分功一郎
1974年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部准教授。専門は哲学・現代思想。著書に『スピノザの方法』、『暇と退屈の倫理学』(第2回紀伊國屋じんぶん大賞受賞)、『ドゥルーズの哲学原理』、『来るべき民主主義』、『近代政治哲学』、『中動態の世界』(第16回小林秀雄賞受賞)、『原子力時代における哲学』、『はじめてのスピノザ』『スピノザ』など。訳書に、ジャック・デリダ『マルクスと息子たち』、ジル・ドゥルーズ『カントの批判哲学』など。
ブレイディみかこ
1965年、福岡県福岡市生まれ。96年から英国ブライトン在住。ライター、コラムニスト。2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で新潮ドキュメント賞、19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でYahoo!ニュース|本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞、毎日出版文化賞特別賞などを受賞。他の著書に『労働者階級の反乱』『女たちのテロル』『ワイルドサイドをほっつき歩け』『ブロークン・ブリテンに聞け』『両手にトカレフ』などがある。