2022年のイギリスのクリスマスCMは消費をあおらずケン・ローチ風に……絶対貧困が急激に増える世界で何が起きているのか?
イギリス世帯の半数が食事の回数を減らすほどの貧困に……
國分 シリアスな話が続きましたが、ここで少し雰囲気を変えて、いい話があればおうかがいしたいと思うんですがいかがでしょうか。
ブレイディ いい話とまでは言えるかわからないんですけど、クリスマスの雰囲気がいつもと違うんです。先ほどの物価高とも関係しますが、今年のイギリスでは貧困問題が通奏低音でした。2022年の4月から2024年3月までの税務年度で、絶対的貧困に落ちている人が300万人いるだろうという試算が出ています。相対的貧困じゃなくて絶対的貧困ですよ。衣食住に必要な最低限の収入がない人が300万人も増える。そしてイギリスの世帯の半数が食事の回数を減らしているという調査も報じられました。すさまじい状況なんですよね。
ここまで来ると、クリスマスの気分にも影響が出るんですよ。國分さんもこちらにいらっしゃったときに感じられたと思いますけど、イギリスのクリスマスって大消費フェスティバルじゃないですか。コマーシャルもキンキンキラキラ流れるし、街の中も「お金を使いましょう」という雰囲気に包まれる。でも、今年はコマーシャルからして違うんですね。
たとえば、ジョン・ルイスという大きなデパートのチェーンは、毎年かわいらしい子どもや動物を使ったり、特撮をやったりと、引きの強いコマーシャルを流すので、クリスマスの風物詩になっているんです。そこで使われた曲は毎年クリスマスのヒットチャートに入るくらい、みんなジョン・ルイスのコマーシャルを楽しみにしているんですね。ところが今年は、ケン・ローチの映画みたいなコマーシャルなんですよ。
ケン・ローチの映画みたいなコマーシャルとは?
國分 ケン・ローチみたいなコマーシャルってどういうコマーシャルなんですか?
ブレイディ 主人公はおじさんなんですね。おじさんが一生懸命スケートボードの練習をするシーンがしばらく続くんです。めちゃめちゃ一生懸命なんですよ。会社ではスケボーの動画を見てるし、若い子たちに混ざってスケートボードパークに行って練習する。でも全然できなくて、転んだりしちゃって。それがちょうどクリスマスの時期なんですね。
ある日、おじさんと奥さんが家で料理をしていると、玄関のチャイムが鳴る。ドアを開けたら、ソーシャルワーカーが、スケートボードを抱えた13歳ぐらいの女の子を連れて立っている。その女の子が玄関先に立てかかっているおじさんのスケボーを見て、「あっ」という顔をするんですね。そして「おじさんもちょっと滑るんだよね。お入り」と、その子を迎え入れるところで終わります。
ここで視聴者は「そうか、このおじさんは里親になろうとしていたんだ。里子がスケートボードをやっているという情報をソーシャルワーカーから聞いて、自分も一緒に遊べるように練習していたんだろうな」と知るわけです。これを見て初めてクリスマスコマーシャルで泣いたという人が周りにけっこういました。